第7話  三人の死体 その2

 1



「死因は首を縄かなんかで絞められたことによる窒息死だろう。見ろ、痕がある。切断に使われたのこぎりも残ってた。ひでぇもんだぞ、刃に肉のカスがと血がついて」


 切断された首の喉の辺りには、痛々しい索状痕が残されていた。縄で絞殺し、その後、のこぎりで頸部を切断したのか。


「奇妙ですね。


 言って、大和は顔を上げて狩谷警部に向き直る。


 死んでいるのは男子高校生。おそらくこの学校の生徒だろう。どういう事情があって彼が殺され、あまつさえ首を切断されたのかは現時点では分からない。首を切断する、という異常行為。そこに意味を見出す場合、もっとも合理的かつ納得のいく理由は身元の判明を遅らせることだろう。


 しかし、それはことによって初めて効果を発揮する。首がこのように残っているとなると、別の可能性を考えなくてはならない。


「首が胴体と一緒に残っているということは、身元の判明を遅らせるために切ったのではない。つまり、首を切ること自体に意味があったから、と考えられますね」


 続けろ、と言うように狩谷警部は大和を見据えるが、大和にはそれ以上の考えはなかった。今の段階では検討するための情報が足りなすぎる。しかし何か話さなくてはいけない気がして、考えながら口を動かした。


「例えば、犯人は首だけでなく、遺体を完全にバラバラに切断して運びやすくし、どこかに遺棄しようと思ったのかもしれませんね。しかし、首を切断したところでその行為のおぞましさに耐え切れず、放置して逃げた……とか」


「ふーむ」


 そんなにおかしなことは言っていないと思うのだが、狩谷警部の反応は芳しくない。


「こいつを見ろ」


「これは?」


「ご丁寧に犯人がわざわざ遺してくれたものだ」


 狩谷警部が見せたのは、ビニール袋に入った一枚の紙きれ。サイズはA4で、右下の端が赤く汚れている。これはおそらく被害者の血だろう。それよりも注目すべきは、その紙に書かれた文字だ。


 赤いマジックのようなもので、筆跡をごまかすためかぐちゃぐちゃな文字でこう書かれていた。


『これは復讐だ 私と同じ苦しみを味わえ』


「……復讐」


 もしこれが犯人の遺したものであるなら、事件を隠蔽しようという意図はなく、むしろ自分の行為を誇示しようという意志を感じる。


 となると、遺体の首が切断されたまま残されているこの状況は犯人があえて作り上げたものであり、そこには意味が隠されているのか。


「第一発見者は?」


 と大和が遺体発見の経緯を尋ねかけたところで、一人の捜査員が勢いよく室内に飛び込んできた。


「た、大変です」


「どうした?」


 狩谷警部が戸口に目をやる。大和もそちらを向いた。何だろうと思っていると、捜査員の口からとんでもない言葉が飛び出した。


「べ、別の教室から、また生徒の遺体が発見されました」


「何!?」


「と、とにかく来てください」


 捜査員の背中を大和と狩谷警部は駆け足で追う。


 ただでさえ、高校生が殺され、首を切られるという猟奇的な事件が起きたというのに、もう一つ事件が起きていた?


 大和は首を振り、考えを改める。


 同じ場所で同一のタイミングで別々の事件が起こるなんてことは考えにくい。首切り事件の方と関連があるのは間違いないだろう。


 この事件、一筋縄ではいかなくなりそうだ、と刑事としての勘が告げていた。



 2



 そこは北棟の向かいにある南棟、四階の一室だった。


 入った途端、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。木とかび、埃、そして絵の具のくせのある匂いが混じり合っている。


 ――美術室。


 木製の机が点在し、壁には誰かの作品であろう油絵がかかっている。部屋の奥にはデッサン用の石膏像やら木を組み合わせて作ったよく分からないアートやら、何も置かれていない画架やら、雑多なものがとっちらかっていた。


 北向きの壁の前には大きなキャンバス。一〇〇号はあるだろうか。描かれているのは雄大な自然の中に佇む夫人。まだ製作途中のようだが、この絵が完成されることはもう二度とないのだろう。


 大和は息を吞んだ。


 天井から吊るされたロープ。その突端にある物体――生徒の死体は、時おり窓から吹き込む風によってぶらぶらと揺れ動いていた。

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