第6話  三人の死体

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 午後六時過ぎ。


 夕闇が空を覆い、夏の長い昼はようやく終わりを迎えようとしていた。それでもむっとした熱気は健在で、今日も暑い夜になりそうだ。


 長野県警捜査一課の刑事、大紋大和やまとが現場に到着した時、すでにそこには地方のテレビ局やら新聞各社がいて、事件が起こった高校の正門を取り囲んでいた。


 彼らに渡っている情報は一人の死体が発見されただけという速報だけで、事故か他殺かも断定できていない。事件の詳細すら分かっていないのにも関わらず、こんな騒ぎになっているのは発見された死体が高校生だからだろう。


 しかも現場は学び舎。


 世間が関心を寄せるのも無理はない。


 それにしても、と思うのは……


「はぁ、マジかよ」


 重たい息をつき、マスコミを避けるようにそそくさと敷地内に入る。


 中にいた捜査員の一人に案内され、遺体が発見された現場へ。そこは北棟の二階、廊下の東側の突き当りだった。


「こちらです」


「ありがとう」


 礼を言い、室内へ。


 広さは二十畳ほどで、南側の壁を埋めるように書架が並んでいた。部屋の中央にはガラステーブルとそれを挟むようにソファーが置かれている。まるで応接室のようだ。


「おう、来たか」


 大和の所属している班の班長、狩谷かりや警部がこちらを振り向いた。大福を思わせる丸くて白い体型にふっくらとした柔らかい声。およそ殺人事件を手掛ける捜査一課の警部とは思えない狩谷だが、それはあくまで表の顔。犯人を追う執念は一課の誰よりも強く、そのためなら手段を選ばない強かさを隠し持っている。


「ガイシャは?」


「ここだ」


 狩谷警部はソファーの向こう側に立っていた。応接セットを迂回し、そちらに向かう。ソファーの死角になっていて見えなかったが、鑑識が座り込んでいる。そこに遺体があるようだ。


「うっ……」


 思わず目を背けてしまったが、すぐに視線を戻す。


「ひどいもんだろ」


「え、えぇ。事故、ではなさそうですね」


「あたりめぇだ」


 床に薄く広がった血だまり。その中に仰向けに横たっているのは、まだ十七、八程度の少年だ。白いYシャツは血に濡れ、被害者の顔は苦悶の表情を浮かべている。人生の折り返しにも到達していない若者。


 なぜ彼が殺されなければならなかったのか、という疑問は、目の前の衝撃にかき消された。


「ひでぇことするやつもいるもんだ」


 狩谷は吐き捨てるように言う。


 同感だ。ひどい、ひどすぎる。


「なんでこんなことを」


「さぁな」


 大和は再び遺体に目を落とす。首と胴体の間にわずかに空いたから、血にまみれた床が見える。


「こりゃあ、どでかいヤマになりそうだ」


 被害者は、首を切断されていたのだ。




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