第5話 犯人の手記より抜粋 その2

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 私の罪を告白し、奴らの罪を告発する。この手記にはそういった目的もある。


 そしていつかは訪れるであろう私の死の後、第三者の目に触れることをも想定してこの手記はしたためられている。だからこれは、私の遺書でもあるのだ。



 二郎が生まれたのは、私が小学四年生、十歳の冬。とても冷える日の深夜二時過ぎだったらしい。


 次の日(正確にはその日の朝)やたらと興奮した父に起こされて、ぼんやりした頭でその朗報を聞かされたのを覚えている。私が着く頃にはもう授乳は終わっていたようで、それが見れなかったことを子供時分に至極残念がったことも憶えている。


 おずおずと近づく私を認めると、母は二郎を私に抱かせてくれた。とても小さくて愛おしくて、不思議な気分だった。


 それが私と次郎の出会いである。

 

 遅れてきた祖母が「こりゃあ、珍しいこともあるもんだ」と驚きの声を口にしていた。


 というのも、二郎は双子だったのだ。二郎と三郎さぶろう。けれども、三郎は生まれてすぐに呼吸器系に異常が見つかり、生後わずか三日でこの世を去ってしまった。

 まだ幼い私にとってその小さな命の消失はとてもショッキングな出来事だった。父も母も子供のように涙を流していた。


 今まで守られる立場だった私(一人っ子だったのだ)に、初めて守るべき存在が出来たのは、それはなかなかに革命的だった。


 何をするにも、いちいち二郎のことが気になってしまった。食事の時も、風呂に入る時も、寝る時ですら、私は二郎に付きっきりだった。おそらくここまで過保護になったのは、前述した三郎の死も手伝ってのことだったろう。


 そのかいあってかどうかは分からないが、二郎は健やかに、すくすくと育っていってくれた。


 三歳になる頃には体重も十三キロほどで、抱っこをするのも一苦労になり、一人寂しく思ったものだ。


 二郎との思い出をつらつらと書いていこう。


 思い出す、ということはそこに失われた世界を復活させる、ということなのだ。


 あれは二郎が二歳の誕生日を迎えて数日が過ぎた頃、雪が降った日の話。


 地理的な要因なのか、それとも何か他に理由があるのか、詳しいところはよく分からないが、この街にはあまり雪が降らない。私自身数えるほどしか雪というものを経験していないのである。だから、二郎にとってその日の雪が初雪なのは言わずもがなか。


 雪が降り出したのは前日の深夜からだったようで、朝、私が起きだす頃には街は一面雪景色だった。


 雪は我が家の庭にも立派に積もっており、私は見慣れた庭のその変貌ぶりに目を丸くした。


 庭ではすでに母が二郎を遊ばせていた。狭い庭を駆け回る二郎。処女雪の上にはぽつぽつと二郎の足跡が小さく空いており、父は猫のようにこたつで丸くなっていた。


 私の好奇心はもう止めようがなかった。坂道を転がり続ける球体のように、どんどんと勢いを増していった。


 私はいてもたってもいられず、ろくに着込みもしないで寝巻のまま雪の海へと飛び込んだ。それを母に咎められたのも言わずもがなか。


 ごわごわとした重苦しい雪遊び用の服に着替え、足にはゴム製の長靴を履く。そうしてやっと私は二郎に合流することができた。二郎は生まれて初めての雪にも臆することはなかった。


 私がせっせと作り上げた雪だるまの胴体を破壊したり、積もった雪を地面が見えるまでひたすらに掘ったり、庭を駆け回ったり。冷えた体を寄せ合って温まったりもした。


 母はくすくすと笑っていた。


 私の幸せな記憶の一場面である。


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