第4話 事件発生

 1


 北棟の部室に戻る。機材の片づけを終えた後、明日の予定の確認をして今日の部活動は解散となった。明日は今日撮影した映像の編集、確認作業がある。


 亜希は中林を待つために男子バスケ部の活動終了まで学校に残るという。顧問の先生にこっぴどく絞られても可愛い彼女に慰めてもらえば中林も元気が出るだろう。


「じゃ、亜希ちゃん、また明日ね」


「うん、ばいばい」


 歩きながら私はスマホを取り出した。お行儀が悪いのだが、気になる気持ちは止められない。この街の名前と首切り死体、というキーワードで検索をかけると、当時のニュース記事にヒットした。


『――市で幼児の遺体発見!』


『――市遺体遺棄、殺人か?』


『頭部発見。現場近くで捜査員が発見』


『――市で発見された遺体、身元判明』


 いくつかの記事を読んでみる。


 記事の内容は亜希が語ってくれたもの以上の情報はなく、得られた新情報――過去の事件なのでこの表現が適切かは分からないが――は、事件が起きたのは今から三年前の八月ということと、亡くなった子供は享年三歳の黒木くろき二郎じろうということだけだった。


 三年前というと私は当時中学一年生か。


 その頃を思い返してみても、やはりこのようなセンセーショナルなニュースを見た記憶は薄い。そういえばそんなことあったかも、といった感じだし、迷宮入りした事件の記憶なんてそんなものだ。


 昇降口を出ると、本日何度目かの強烈な日差しが降りかかってくる。


 グラウンドでは驚くべきことにまだサッカー部が練習していた。この暑さの中、よく体力が持つな、と感心する。私はできる限り日陰に入りながら、帰路についた。


 街の中心部に建つ八階建てのマンション。そこの最上階が私の自宅である。自分でいうのは鼻につくが、実はけっこういいとこのお嬢様なのだ。


「ただいまー」


 返事はない。


 同居している私の保護者は現在、急な用事があって海外へ出かけている。日本を発ってからもう一週間は経つが、まだ帰ってこられないらしい。


 一人でいるのが寂しいかといわれると実はそうではなく、私は一人の時間を満喫していた。


「あぁ、涼しい」


 およそ八時間ぶりの冷房の効いた空間だ。ロケの疲労と夏の暑さで火照った体に染み渡る冷気。クーラー最高。でもまずは汗を流さないと。


 私は外から帰ってきた体で自分のベッドに乗れないタイプの人間である。一度でも外出したならば、必ずお風呂に入ってからでないと、自分のベッドには乗らない。

 だから、帰宅して着替えもせずにベッドに横になる男の子とは付き合えないだろうな。

 綺麗好き、というわけではない。気持ち的な問題である。


 私は着替えを持ってバスルームへ急いだ。



 2



 一時間ほどの入浴を終え、リビングに戻ると、私のスマホが着信を伝えるべく、ぶるぶる震えていた。誰だろう。画面を確認すると亜希だった。


 明日の部活の連絡事項でもあるのだろうか。それとも今日の撮影で何かトラブルでも起きたのかな。


「はい、もしもし」


「あ、の、希望ちゃん?」


 いつになく大きな声で、思わずスマホを耳から離しそうになる。おっとりしている亜希がこんな声を出すなんて。それにわずかだが震えているように聞こえた。


「どうしたの?」


 尋常でないものを感じ、私は声を硬くする。


「た、大変なの」


「何、どうしたの」


「が、学校で、さ、さ」


「さ?」


「殺人事件が起きたの、人が死んで、警察の人も来てて、大変なの」


「はぁ!?」


 全く予想だにしない彼女の言葉に、私の頭は真っ白になる。思考が戻るまで、十秒ほどの間が空いた。


 何?


 殺人事件?


「希望ちゃん、聞いてる?」


「うん、聞いてる。ちょっと、どういうこと?」


「私もよく分からないの。とにかく大変なの」


 要領を得ない亜希のとの通話を終え、私はソファーに落ち着く。


 リモコンを手に取り、テレビをつける。


 夕方六時のニュース番組は、今しがた殺人事件が発生したとのことで特別報道が流されていた。リポーターが現場を背景に何かまくしたてるように伝えているが、その言葉は意味を持って私の脳内に届くことはなかった。


 私の頭の中は衝撃と困惑に支配されている。


 お風呂に入ったばかりだというのに、変な汗が全身に浮かぶ。


 テレビの中のリポーターの背後に映るのは、先ほどまで私がいた高校だった。


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