第3話  撮影

 1



 街はずれといっても、周囲には民家がぽつぽつと点在しており、荒廃した感じはない。


 南側には棚田が広がり、のどかな空気が満ちている。


 何も知らなかった今までの私なら、もしこの山を訪れてもなんの変哲もないただの山という感想しか浮かばなかっただろう。だが、子供の首切り死体が見つかったという前情報を頭に入れてその山を仰ぐとたしかにただならぬ雰囲気を感じる気がする。 


「よし、じゃあちゃっちゃと始めるか」と部長が言うのに合わせて、みんなは自分の仕事の準備を始める。


 まずは山の入り口での撮影である。ストーリーでいうと、探偵がこの山を訪れ、犯人が隠した証拠品を発見する、という流れだ。


 山の入り口での撮影し終えると、私たちは山の中へ入った。


 背の高い木が密集しており、日射しはほとんど差し込まない。荒く踏み慣らされたけものみちを辿りながら、要所要所で探偵が山を散策するカットを撮り、少しずつ奥へ進む。


 つい先ほどまで暑さに文句を垂れていたのに、今はなんだか肌寒い。単に日射しが遮られているからか、それとも……


 中途半端に情報を入れたせいか、なんでもない山の風景が陰鬱なものに感じられてしまう。この山で、子供の首切り死体が……


 いったい何があったのだろうか。


 幼い子供が殺人事件に巻き込まれ、殺されて首を切断された。いや、殺人事件と決めつけることはできないけれど、目に見える結果だけを拾ってみれば、やはり殺人事件と考えて間違いないだろう。


 誘拐目的でさらった子供を誤って殺害してしまい、身元を隠すために首を切ってこの山に遺棄した?


 それとも最初から首切りが目的の猟奇殺人?


 近くには人の住む家はちょこちょこあるけど、防犯カメラなんかはなさそうだし、迷宮入りしたというからには目撃者や証拠も不十分だったのだろう。


 ああ、ダメダメ。いつもので頭が勝手に事件の推理を始めてしまう。


「大紋さん、バッテリー新しいの頂戴」


「あ、はい」


 私はカメラマンの先輩に新しいバッテリ―を手渡す。私はバッテリー持ち係なのだ。一年生なので今はまだ小間使いみたいな役割しか与えられていない。


 撮影をしては進み、撮影をしては進み、を繰り返しながら、一行はやがて頂上部へたどり着いた。伐採の跡と思われる切り株が点在しており、日射しを遮る木々がないため直射日光が私たちに襲い掛かった。


 どこからか正午の鐘が聞こえてくる。


「ちょうどいいから、ここでお昼休憩にしようか」


 2



 全ての撮影が終わったのは午後二時過ぎ。撤収して学校に帰りつく頃には二時半を回っていた。


 部室へ戻る途中、亜希は体育館に寄った。彼氏である中林を一目見ようというのだろう。私も二人をひやかすためについていく。――が、


「あれ? いない」


「本当だね」


 練習をしているバスケ部の中に、中林の姿はなかった。3メンの練習に取り組むバスケ部員たち。お腹に響くようなボールをつく音とバッシュと床の擦れる音、そして掛け声が交じり合い、青春の活気が溢れて……いない?


 なんだ?


 動きはキレッキレだし、運動量は激しい。無言の時間が一切ないぐらい声も出ている。でもなんだか全体的に雰囲気が暗い気がする。


「あ、あそこにいた」と亜希。


 彼女が指さす方――体育館の隅に目をやると、そこには二人の男が立っていた。一人は中林、そしてもう一人はバスケ部の顧問の先生だろう。遠いのでよく見えないが、二人とも表情が重たい気がする。


「な、なんか怒られてる感じだね」


 あれはきっとお説教というやつだろう。見なくてもいいものをみてしまい、私は居心地が悪くなる。


「う、うん。希望ちゃん、いこっか」


「うん」


 中林だって自分が説教を食らっている場面を人に見られるのは嫌に決まってる。私たちは何も見なかったことにして、映研の部室に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る