第2話  首刈り山


 1



 空に高く上ったお日様。みんみんと絶え間なく聞こえる蝉の声。肌にまとわりつく空気は生ぬるく、日射しとアスファルトの照り返しが私を上下から攻め立てる。


 夏。


「あっつ」


 私――大紋だいもん希望のぞみは高校一年の十五歳。

 所属している映画研究会の活動のため、学校へ向かっている途中である。今日は演劇部と共同製作中の映画の撮影があるのだ。


 からっと晴れた青い空、暑さなどどこ吹く風とでもいうように呑気に漂う雲。ロケーションとしては最高の日だが、この暑さだけはどうにかならないものか。


 半分ほどに減っているペットボトルの麦茶の残りを一息で飲み干す。


「ふぅ」


 夏は好き。


 夏という言葉の持つ魔力。夏というだけで、なんだか日常に特別なものを感じる気がするから。


 やがて学校に到着した。


 グラウンドではサッカー部が練習をしており、砂埃を撒き上げながらボールを追いかけていた。この暑い中、よくあんなに走り回れるものだと感心する。


 体育館の横を通りかかる。バッシュの音がキュッキュと聞こえていたのでバスケ部が練習しているのかと思ったら、体育館の中にいるのは一人だけだった。


「おっ、中林なかばやしじゃん」


 練習していたのは私のクラスメイト、中林紘一こういちだった。


「あっ、大紋さん」


 体育館の中とはいえ、この猛暑ですっかり汗だくになっている。広々とした館内で練習をしているのは中林一人だけだった。


「自主練?」


「そう。練習自体は午後からあるんだ」


「ひゃー、頑張るねぇ」


「僕は高校からバスケ始めたからさ、みんなよりたくさん練習しないと追いつけないんだ」


「はぇー。一人で頑張ってるねぇ」


 なんて生真面目な男の子なのだろうか。いつもクラスでは地味な感じで目立たないのに、こういうけなげに頑張ってるところを見るとなんだか雰囲気も違って見える……なんて。


「あっ、一人じゃないよ。天馬先輩に見てもらってるんだ。今は夏期補講で抜けてるけど」


「ふーん。それじゃ、頑張ってね」


「ありがと」


 中林と別れ、私は自分の部室に急ぐ。文化系の部活の部室が集まる北棟の二階。風通しを良くするためか、廊下の窓は全開で部室の扉も開かれている。


「おはようございまーす」


 部室に顔を出す。集合時刻五分前の午前九時五十五分だ。


「おはよ、希望ちゃん」


「おはよー、亜希あきちゃん。もう来てたんだ」


 この子は同じ一年生の東雲しののめ亜希。長くて綺麗な黒髪をおさげにし、縁なしの眼鏡をかけている。メロンでも詰め込んでいるのかと思うほど膨らんだ胸は今日もぱんぱんで、夏服のボタンが今にも飛びそうだ。

 彼女とはクラスも違えば出身中学も違うが、名前に同じ『希』が入っていることがきっかけでよく話すようになり、仲良くなった。


「演劇部の人たちはもうみんな来てるよ」


 奥の壁際には演劇部の一団が集まっている。さすが舞台に立つだけあって、私たち映研部とはまとっているオーラが違う気がする。同じ高校生なのに。


「それにしても暑いねぇ」とぱたぱた手で首元を扇ぐ亜希。


「ねー」


「こんな暑い日にロケに行くなんて、考えるだけで汗かいちゃうよ」


 そう、今日は我らが映研と演劇部がこの夏休みを利用して共同制作中の映画の撮影があるのだ。この街を舞台にした連続殺人を、高校生探偵たちが解決する、というどこかで見たことがあるような設定だ。


「あっ、中林練習頑張ってたよ」


 私はさっき会ったクラスメイトを話題に挙げる。というのも、亜希と中林は付き合っているのだ。二人は小学生時代からの幼馴染だそうだが、付き合い始めたのは夏休みが始まる直前で、恋人という関係にまだ慣れていないらしい。これから甘酸っぱい青春を謳歌してほしいものだ。


「え? もう来てるの? 練習は午後からって言ってたのに」


「自主練だって」


「そうなんだ。ロケ終わったら見にいこっと」


 十時になる頃には残りの部員たちも集まり、まずは打ち合わせが始まった。



 2



「よーし、じゃ、移動するぞー。一年は機材持ってねー」


 午前十一時。打ち合わせとロケの準備を終えた私たちは学校を出て、ロケ地である街はずれの山を目指して出発した。


 再び灼熱地獄の下へ。


「――にしても、撮影が夜じゃなくてよかったよなぁ」


「だよな。でも昼でも普通に怖いって」


「たしかに。かもな、なんたって首刈り山なんだし」


「おいおい、やめろよマジで」


 少し前を行く二年生の先輩がぼそぼそ話す声が聞こえる。


「首刈り山?」と私が呟くの聞いて、横を歩く亜希が言う。


「ロケの山だよ。そう呼ばれてるの」


 これから向かう山を訪れるのは、私は今回が初めてだった。というより、


「あぁ、希望ちゃん引っ越してきたばかりだから知らないんだね」


 そう、私は高校入学に伴って、今年の三月に実家のある長野市から引っ越してきたばかりで、この街のことはまだ詳しくないのだ。街はずれに山があることは知っていたが、それが『首刈り山』などという恐ろしい呼ばれ方をしているのは今初めて知った。


「実はね――」と亜希が声を細める。


 亜希によると、数年前、あの山から子供の首なし死体が見つかったというのだ。事件と事故、両方の線で捜査が進められたが解決の目途は立たず、迷宮入りしたそうだ。ちなみに首の方は同じ山で発見されており、胴体が見つかった位置から数十メートルほど離れた位置にあったという。


 それで首刈り山と呼ばれているのか。そういえばたしか、私が中学生の頃そんなニュースが全国ネットの報道番組で流れていたような気がする。


「えぇ、そんな怖いとこなの?」


「うん、それでね、その被害者の子ってのが――」


「おいお前ら、不謹慎だぞ」


 三年生の副部長が振り向いて厳しく言った。


「す、すんませーん」

「すいませーん」

 

 どうやら私たちではなく、二年生の先輩たちの方を注意したようだ。私と亜希は囁き声で話していたから気づかれなかったらしい。


 話の続きが気になったが、亜希は口を噤んでしまった。たしかに、幼い子供が犠牲になった事件の話をするのは不謹慎だろう。私も続きを促すことはためらわれる。


 炎天下を二十分ほど歩き詰め、私たちはその首刈り山へ到着した。



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