第11話  小さな探偵

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「復讐……か」


 大和が帰ってから、私は彼から聞いた置き紙の意味について考えていた。


 それぞれの被害者の遺体のそばには、事件の動機を示唆する置き紙が遺されていたという。


『これは復讐だ 私と同じ苦しみを味わえ』という内容で、状況から見て犯人が遺したものだと考えられるそうだ。


 復讐。


 それが動機であるならば、犯人は被害者の先輩たちに相当な恨みを抱いていたに違いない。しかも同一の内容の置き紙が三人の下にあったということはすなわち、それぞれの事件は独立しているものではなく、同一犯によるものだということになる。


 中林が天馬満に不満を抱いていたかはまだ定かではないが、他の二人とも接点はあったのだろうか。もし月ヶ瀬道夫と星崎龍一との接点が見つからなければ、中林は容疑者候補から外れるかもしれない。


「よし」


 こうして部屋にいても捜査は進展しない。私は身支度を整えてマンションを出た。茹でられてしまうような熱気が私を捕らえるが、今の私はそんなことでは止められない。


 歩きながら、今現在得ている情報――ニュースや大和の話で知った――を頭の中でまとめる。


 まず、事件は八月四日の午前九時から十二時までの三時間に起きた。現場は藤宮高校、そこに通っている三人の生徒が被害者で、死因は首を縄状のもので絞められたことによる窒息死。


 遺体の近くには復讐を示唆する置き紙があり、一連の事件は同一犯の手によるものだと思われる。


 また、被害者の一人、天馬満と最後に会った中林紘一には完全なアリバイがなく、警察も彼に疑いの目を向けている。


 おおよその犯行時刻が分かっているなら、次にやることは単純明快だ。あの日、午前九時から十二時までのアリバイがない人間を探せばいい。夏休みだが、教師たちは普通に仕事があるし、部活動で登校している生徒も大勢いただろう。たしか天馬満は夏期補講に参加予定だったはずだから、ほかにも夏期補講に出る生徒はいたはずだ。


 そう考えると、当時学校にいた人間はそれぞれ複数の人間の集まりの中にいたわけで、アリバイがない人間というのはかなり絞られてくるのではないだろうか。


 例えば、あの日グラウンドでサッカー部が練習していたが、彼らはずっと部活動に勤しんでおり、言い方が悪いけれど互いが互いを見張っている状況だった。


 中林みたいに一人で自主練をしていた人の方が珍しい……あれ、これだとなんかますます中林が不利な状況になってる気がしてならない。でも、重要になってくるのはやっぱり動機で、天馬に関してはともかく、他の二人に被害者に対する動機がなければ、中林が犯人だと考えるのは難しいだろう。


 やがて、私は友人の家に到着した。


 インターホンを押すと、聞き慣れたほんわかした声が。


「はい」


「あっ、亜希ちゃん」


「希望ちゃん?」


「急にごめんね。ちょっと話したいことがあって」


「全然いいよ」


 ややあって、亜希が玄関から現れた。両親はともに仕事で、家にいるのは亜希だけかと思いきや、


「中林!?」


 渦中の人物がリビングのソファーにいた。かなり参っている様子で、重たいものを背負っているかのように体を前のめりにしている。表情には覇気がなく、焦点の合わない視線をテーブルに投げ出していた。


「大紋さん」


 中林は視線だけこちらに向ける。


「中林、大丈夫?」


「うん、僕、なんか警察に疑われてるみたいでさ」


 言って中林は自嘲気味に笑う。私がそのことについて尋ねる前に自分から話題に挙げたのは、彼自身の防衛本能によるものだろうか。そこへ亜希が麦茶の入ったグラスを持ってやってくる。


「はい、希望ちゃん」


「ありがとう」


 そのまま中林の横へ腰を下ろすと、亜希は心配そうな面持ちで彼を見やった。


 まだ高校一年生の彼が、国家権力である警察に殺人事件の被疑者として疑われているそのストレス、精神的影響がいかほどのものか、彼の様子から想像できる。しかも彼の場合、被害者となった人物の一人の死の直前まで共に過ごしていたのだから、今回の事件が彼に与えたダメージは計り知れない。


 無論これは中林が無実であるなら、という前提があってこそで、現状彼が犯人であり、憔悴を演じている可能性も排除はできない。もちろん、心情的には私は中林を信じたい。だからこそ、彼に話を聞かなくてはいけない。


「中林、あんたじゃないよね?」


「え?」


「私、親戚にこういう殺人事件をいくつも解決してきた名探偵みたいな人がいて、私自身もその人の助手みたいな感じで事件の捜査に関わって、解決に貢献してきたんだ」


「それ本当? 希望ちゃん」


 亜希が私の方に首を向ける。


「うん。だから警察にも顔が聞くし、今回の事件、あんたが犯人じゃないんだったら、私は真犯人をとっ捕まえるために動こうと思うんだ」


「そ、それって、名探偵みたいな人が協力してくれるってこと?」


 亜希の期待に満ちたまなざしを受け、私はちょっと口ごもる。


「いやその、その人はちょっと海外に行ってて今日本にはいないんだけど……」


「なぁんだ」


 ちょっと、露骨にがっかりしないでよ。


「ぶっちゃけ、警察は中林をマークしてる。今回の事件を捜査してる刑事の中にも私の親戚がいるんだけど――あっ、この人は探偵の人とはまた違う人ね、その人に聞いた限りでは、最後に天馬先輩に会った中林は最有力の容疑者って感じだった」


「そんな……」


 愕然とした様子で中林は息を詰まらせる。


「僕じゃない、僕じゃないよ」


「私も中林を信じてる。だから、私たちで真犯人を見つけ出すんだ」


「真犯人……」


「中林、改めて聞くけど、この事件はあんたがやったことじゃないよね」


「……うん」


 中林の目に、いつもの実直な光が戻ってきた。そうして私たちは事件の検討を始める。


「警察が中林に目をつけたのは三つの要因があるからなんだ」


「三つ?」と亜希と中林の声が重なった。


「一つはアリバイがないこと。三人の先輩たちの死亡推定時刻は八月四日の午前九時から十二時までの三時間。たしか、中林はこの時間は体育館に一人でいたんだよね?」


「うん。自主練してて」


「誰か体育館に来たとか、一緒にいたとか、そういうことは?」


「警察にも同じことを聞かれたよ。でも駄目だね。他の部員たちが午後練に参加するために十一時前ぐらいに来るまでずっと一人だった。十時ちょっと前に大紋さんと喋ったくらいかな」


「うん、私たちが一緒にいたのは一分もなかったから、それじゃアリバイにはならない」


「だよね」


「二つめの要因が、生きている天馬先輩を最後に見たのが中林だったということ。少なくとも、この二つは事実として受け入れないといけない」


「そうだね」


「で、三つめ。これが重要なんだけど、正直に答えてほしい。中林は天馬先輩のことが嫌いだった?」


 すなわち、動機の問題である。


 中林は眉根を寄せ、なんともぎこちない表情を作る。それから十秒ほど鈍く唸るような音を立てながら、考え込んでいた。


「正直に言うと、あんまり……好きじゃなかった」


「中林って本当に真面目だよね。不器用っていうか、自分に不利になることでも喋っちゃうんだね」


「だって、嘘はつけないし、嘘ってのはその場をごまかしても必ず後でバレるものだからね」


「私も同感」


「これは信じてほしいんだけど、天馬先輩のことは嫌いじゃなかったよ。ただ、好きでもなかった。いや、感謝はしてるんだけど」


 そして中林が語る天馬満評によると、こういうことらしかった。


 高校からバスケットボールを始めた中林は、みんなに追いつくために必死に練習に取り組んだ。全体練習が終わった後も体育館を使える時間ぎりぎりまで居残ったり、逆に朝早く登校してホームルームが始まる前に朝練を頑張っていた。


 そんな中林を見て、天馬は時間外の自主練習を手伝ってくれるようになったそうだ。最初は初心者の自分の練習に付き合ってくれる天馬に感謝の念を抱いて、もっと頑張ろうと奮起した中林だったが、だんだんと中林の自主練習の主導権を天馬が握るようになった。


 ここはこうした方がいい、あそこはもっとああした方がいい。


 最初は練習メニューに手を加えたりアドバイスをする程度だったが、次第に天馬はエスカレートし、練習する時間や日付までも天馬が決めるようになる。手伝ってもらっている立場の中林は相手が先輩ということもあり、天馬に意見をすることができなかった。


 それでも根が真面目なので、自分のためを思ってやってくれることに感謝しつつ、中林は天馬との自主練を続けていく。


「――それで、最近は食べるものや栄養まで管理されて、実はちょっときつくて」


「食べるものまで!?」


 横にいた亜希がぎょっとした声で言う。


「僕は高校から始めたから、経験者のみんなに追いつくためにはできることはなんでもやった方がいいって」


「だからこの前のデートでパフェ食べなかったんだ」


「天馬先輩は僕のためを思ってやってくれてるってのは分かってるんだけど」


「そんなのおかしいって。どこからどう見てもパワハラだよ」


 亜希が言うように、天馬は少しやりすぎている。善意から始まったこととはいえ、これではパワハラと変わらない。私生活まで侵食されて、それをじっと耐え忍んでいたとしたら、中林の中で殺意の種が芽を出すこともあり得る。


 少なくとも、天馬満に対しては。


「それじゃ、他の先輩たちについてはどう?」


 私は聞く。


「聞いた限りだと、天馬先輩に関しては悪いけど動機がある、と見られてもしょうがない。でも他の二人の先輩について動機が認められなければ、警察も中林を犯人だと決めつけることはそう簡単にはできないんじゃないかな」


「他の二人……」


「月ヶ瀬道夫と星崎龍一だね」


「うーん、その二人には悪いんだけど、僕は会ったことも喋ったこともないなぁ」


 中林はそう言い切った。

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