俺の家にはVTuberが住んでいる ~陰キャの俺と憧れたお姉さん~
蒼田
同居人はVTuber
部屋で教科書を開いているとガタガタと一階から物音が聞こえてきた。
ピタリとペンを止めて、黒く埋めようとしたノートから目を時計に移す。
色とりどりの参考書が並ぶ机の上のそれは十一時を指していた。
「帰って来たか」
ため息交じりに椅子を引く。
がら、と小さく音を立てつつ片手で机を支えにし、重い腰を上げる。
カーペットが敷かれている床をゆっくりとした足取りで歩き、廊下に続く扉を開けるとむわっとした熱が襲ってきた。
ジワリと滲む汗にだるくなりながらも、廊下に流れ出る冷たい空気を封じ込めた。
幾つかある扉を見て、体を階段の方へ向け、廊下を歩く。
タタタと階段を下り、玄関へ向かうと一人の女性が倒れ込んでいた。
「うにゅぅ~、優太きゅん~、た~す~け~て~」
だらしない顔で変なことを言うこの人は俺の同居人で元憧れの人だ。
★
酔っ払いの大学生
酒の臭いに顔をしかめながらも顎に手をやり考える。
幾ら同居人とはいえ酒の臭いをぷんぷんさせる彼女に手を貸す必要はあるのだろうか?
十一時という時間帯に帰り俺の勉強を妨げる存在。
見た目麗しい彼女だがぐるりと体を捻らせてお腹を出すその姿は見ていられない。
今まで帰って来る度に寝室まで送っていたが、もうそろそろ玄関で朝を迎えても良いんじゃないだろうか?
「はぁやぁくぅ~」
アルコールのせいか顔を赤らめ、こちらを見上げて、両手をこちらに向けて来た。
……よし、放置しよう。
「ちょっとぉ。なんでおんぶしてくれないのぉ? 」
「……茜さん。自分の部屋、どこにあるか覚えてますか? 」
「ええっと……百階? 」
「放置決定」
泥酔した人を背中に背負って良い事などない。
いや健全たる男子高校生に悩ましいものが当たるというメリットはあるが、不幸な事故に合うというデメリットの方が大きい。
よって俺が憧れた人をここに置き去りにしても罪には問われないだろう。
そもそも彼女は同居人。
両親が海外出張へ行っているから二人っきりではあるが、俺達は恋人ではない。
故に彼女の行動を縛らないし、俺も彼女の行動に縛られない。
今まで苦労して二階まで背負っていた俺がおかしいのだ。
加えてここは家の中。
鍵を閉めれば事件・事故が起こる確率は極めて低い。
「にゅぅ? お外行くのぉ? 夜外出なんて悪い高校生だにゃぁ、優太きゅんはぁ」
茜さんはけらけら笑いながら俺を見上げる。
茶色く染めた長い髪を避けながら玄関まで行き、スリッパを履き、鍵を閉めた。
体を反転させ戻ろうとすると「ガシッ」と足が捕まれる感触がする。
「……何やってるんですか。茜さん」
「つーかまえた」
茜さんが「にたぁ」と笑みを浮かべ俺はたじろぐ。
嫌な予感しかない。
すぐにでも手を振り払いたい。
足を動かそうとした瞬間体が一気に重くなった。
「優太きゅん号はっしーん! 」
「ぐ……首がぁ! 」
「はぁやぁくぅ~」
「し、締まる」
脅威の身体能力を見せた茜さんが背中に乗る。
はなさないとばかりに足を前に回している。
このままでは息がまずいので背負い直す。
女性特有の柔らかい体が背中に密着したが、それを堪能する間もなく息を整えた。
「し、死ぬかと思った」
「早く、go! 」
肩から手が離れるのを感じる。
元気に叫ぶ彼女を背負い、「結局今日もか」と思いつつも、一人分の重さを感じながら二階に上がった。
★
明かりを感じ意識が浮上する。
冷房を切ったせいか暑さが一気に俺を襲う。
暑さに悶えながらも、ベットの上に置いてあるはずのリモコンを探す。
腕を乱雑に振り回すと硬いものに当たった。
触ると小さなゴムの感触を覚える。低血圧な頭でそれをリモコンと判断し、ボタンを押す。
機械音がする中血圧が戻って来る。
まだ部屋は暑いが朝食はまだだ。
土曜日とはいえ朝食を抜くわけにはいかない。
「俺が作る訳じゃないんだが」
独り
常備しているタオルで体を拭いて半袖シャツを着る。
そして扉を開けて廊下に出た。
戻る頃にはきっと部屋は過ごしやすい部屋になっているだろう。
「着替えたというのにこの暑さ」
ぼやきながら一階に下りる。
地球温暖化の影響を肌に感じながらダイニングへ向かうとそこにはラップがされた朝食が。
それを見て「ありがたい」と思いながらも席に着く。
昨日はごめんね、と可愛らしい絵が添えられたメモを隣に避けてラップを剥がす。
そして両手を合わせ「いただきます」と口にし、机に置かれた箸を手に取った。
食後、食器をキッチンに持っていく。
茶碗を水につけて手を拭いた。
友達と遊ぶこともなければバイトに行っているわけではない。
よって今日も特に用事はない。
予定としては勉強と散歩。そして定期で見ているアニメの巡回くらい。
特にオタクという程ではないが嗜む程度にはアニメはみる。
録画していたアニメを、記憶から掘り起こしながら二階に上がる。
部屋の前まで行き、そして一つの部屋を見た。
「流石にもう終わってるだろうな」
俺の部屋の正面の扉の隣。そこには一つ大きな部屋がある。
一枚の扉で隔たれたその部屋は、昔両親が音楽活動をしていた時に作った防音完備の特別な部屋。
そして今は同居人の仕事部屋になっている特殊な部屋。
同居人大学生茜さんはVTuberだ。
それなりに収益を上げているらしく我が家にも家賃代を払っている。
両親は家賃代は別に構わないと言ったが、彼女曰く「見知った中でもそれはそれ」とのこと。
この意見には俺も賛成だ。
親しき中にも礼儀あり。
特にお金のやり取りは今後のトラブルを防ぐ意味でも重要である。
「優太」
足を止めているとみていた扉がゆっくりと開いた。
完全に開くとそこには青いパーカーを羽織った茜さんが一瞬顔をしかめる。
気持ちは分かる。
冷房の効いた部屋に暖気が入って一気に熱くなったのだろう。
しかしそう反応されると、まるで俺の顔が気分を害するレベルの顔のように思えるからやめてほしい。
客観的に自分を見て美形ではない。一般のそれに収まる範囲だと自覚している。しかしながら逸脱してマイナスとも言い難い。
よって不快になるような顔ではないと……、思いたい。
「どうかした? 」
「いえなんでもないです」
俺の反応を不思議に思ったのだろう、茜さんがちょこんと首を傾げて俺を見る。
クイクイ、と手で俺を招いているので何か用事でもあると見た。
設備万端の部屋へよる。
大きく扉が開いて、そしてそれが見えた。
『あれ? 配信終わってるよね? 』
『続いてる? 』
『切り忘れ? 』
『気付いてアカネちゃぁぁぁぁぁん!!! 』
見えたのはPCにコメントらしきものが流れる所。
「優太アイス買いに行こ」
『誰それ? 』
『ダレソレ? 』
茜さんは疲れた様子で言う。茜さんはお喋りだが、仕事後のように疲れている時は極端に口数が少ない。
彼女が朝食を用意したからきっと冷蔵庫の中にアイスが無い事を知っているのだろう。
疲れを癒すためか、暑さを和らげるためかわからないが冷たく甘い物が欲しいという気持ちは十分にわかる。
しかしPCに流れるコメント欄をみて「まずい」と判断。
どうするべきか考え、
「暑いから姉さんは部屋にいたら? 今からアイスを買ってくるから」
『アカネちゃんはアイスをご所望だ! 』
『アイス代 《¥500》』
『アイス代 《¥5, 000》』
『アイス代 《¥10, 000》……、すまん。今月はこれが限界や』
茜さんは俺の「姉さん」呼びに「何言っているんだ? 」と言う表情をする。
しかし俺が指で部屋の中を
最初頭にはてなマークを浮かべるも結果的にアイスが手に入るとわかり満足したらしく、扉を閉めながら中に入る。
が、扉ごと体が固まった。
……気付いたみたいだ。
茜さんはそのままPCにかけよりマイクに向かった。
そして――。
「あ、あはは……………………」
『気付いた』
『やぁ』
『弟君に何味のアイスを? 』
「配信切り忘れてたみたい。ごめんね? 」
茜さんの声が急に、変わる。
俺と話す時よりも一つトーンが高い。しかし不快に感じるような、「お高い」声ではなく親しみが持てるような声だ。
茜さんは突然の事で緊張しているはずなのに、口調はゆっくり落ち着いている。
あの一瞬で冷静さを取り戻したようで表情も雰囲気も、まるで別人のように変わった。
今までがだらしない姉ならば、今は本番中のアイドルステージといった所か。
扉を閉めるか迷う。
一応収録中だ。扉を閉める時の雑音が入ってはいけない。
彼女の配信に興味があるわけでは無いが、邪魔をするつもりはない。
配信そのものは終わっているのだろう。なら茜さんはすぐに配信を切るはず。
音を出さずに、じっとしておくか。
『アカネちゃんの日常回』
『何気に声が良い弟君との初コラボ回』
『しかし事故である! ノーカン! 』
「じゃぁまた次回! ばいばい~」
終わるそれを見届け、扉を閉め、俺は外へチョコミント味のアイスを買いに行った。
俺の家にはVTuberが住んでいる ~陰キャの俺と憧れたお姉さん~ 蒼田 @souda0011
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