第2話 月夜にブラッディランス
――ナイアンさんはリーナのことを姫さま、と呼んでいる。ナイアンさんも漫画で見た執事さんのような格好で、夜の海には変だ。なにより、ボクの視界に突然現れた、不思議な人たちだ。
「ナイアン、笑ってないで準備をせよ、いまからやるぞ。勝負だ、レイジ」
そう言って、リーナは木の棒をぶんぶん振り回し、にひひっと口元に笑みを浮かべた。
「姫さま……折角、自由行動の最後、ここに来れたのだから、レイジ君と遊びたい。と、素直にそうおっしゃれば良いのですよ」
「ナイアン、遊びではない。これは修行だ。身を守るため、剣の修行をしたほうが良いと言っていたではないか」
やれやれと言いたげに、ナイアンは肩をすくめる。
「レイジ君、よろしく。わたしはフィオリーナ様の……側付きで、ナイアン・シェイカーと申します」
背が高く、細身で……なんだか、優雅って感じの人。金の髪に金色の眼、背筋がピッとしている。
「ボクは、早瀬玲司です」
「と、言うわけで、ぼーっと姫さまに、見惚れていたレイジ君。わたしの特殊な木刀を貸そう。――それで、修行にお付き合いしてもらっても?」
――――
「えいっ」っと、リーナが片手で打ち下ろす。ポコンっ! リーナの木刀が
「こころ
「むぅー。エラそうにしていた割に、弱っちぃではないか」
リーナが頬を膨らませ、しゃがみ込む玲司に近づき、
『姫を
咄嗟にリーナの腕を、玲司は力強く引き寄せる。
腕を引っ張る反動で立ち上がり、リーナを背後に庇う。
闇の空間から、バチバチィと音を立て、赤黒い槍が玲司の
玲司は恐怖のあまり、片手に持つ木刀で、力任せに払い
バギィィイ! 木刀は
赤黒い槍は玲司の頬を掠める。シュッ! 髪と血を飛ばし、砂に刺さる。そして消滅した。
玲司は槍の振動に頭を揺さぶられ、ふらふらと片膝を突きそうになるが、持ち堪える。
辺りがシン、と静まり返る。
一瞬の出来事だった。たまたま運良く槍が木刀に当たり、頬を切るだけで済んだ。
「なっ?!」ナイアンから声が漏れ、驚愕の表情で玲司を見る。
「えっ? なに、いまの」
玲司の足にしがみついていたリーナが呟く。そして、キュッと閉じていた目を開き、震えながらナイアンを見た。
ナイアンはリーナの視線を受けたことで、はっ! と、我に返り、冷静さを取り戻した。
「追尾攻撃です。空間を超えさせる程の……。しかし、これ程の干渉力を使えば、しばらく敵も動けないはず。――今回はレイジ君に助けられました」
槍の振動で頭を揺さぶられ、意識が
「あぁ、無事で、良かった……」
こころから安心した途端、玲司の緊張の糸が解ける。フッと彼の意識は遠くへと飛び、ふらふらっとリーナに覆い被さるように倒れ込んだ。「きゃーーっ」耳に届いたリーナの声は、玲司の脳には届かなかった。
――――
玲司は目を覚ました。
星の瞬く夜空が目に映った。
まだ、ぼーっとしてる。――ん、なにしてたんだっけ?
頭を撫でられている。ちょっと心地良い。
目の焦点があってきた。
玲司は考える力も戻ってきた。
――ボクはリーナの顔を下から見ているんだ。透き通るような肌、形のいい顎、春風に揺れる銀色の髪、真っ直ぐ遠くを見る目。ふんわり甘く鼻をくすぐるのは、リーナの匂いなのかな? あれ? もしかして、頭を撫でてくれてるのもリーナ? パッと大きく目を開ける。
動きに気がついたリーナが下を向き、玲司を見た。わぁっと、彼女の顔が
「あっ、目を覚ました。良かっ……」
言いかけてリーナは、はっ! と何か気が付いたように表情を
「気が付いたのか。――ならば、すぐに
「姫さま……いまは、なにか優しい言葉をレイジ君にかける場面ですよ」
「うむ、わかった。レイジ、貴様は今日から
「リーナ、全然優しくないよ、それ」
「嬉しくはないのか。だが、我は勝負で一本取ったのだ、レイジが家来になるのは当然であろう」
「レイジ君、姫さまは優しい言葉とは無縁なのです。それに、元の世界に帰れば、自由などありません。ここでは家来という名の友人として接してあげてもらえませんか。あと、二時間ほどしか居られないですけど」
それから玲司は、一旦家に帰り、こっそりお菓子とジュースを持って、海岸に戻ってきた。妹の
それから二人でコンソメパンチを食べながら、色んなお話をした。かっこいい父ちゃんのこと、可愛い妹のこと、学校でのこと。楽しそうに、そして不思議そうに聞いてくれた。
リーナは、我は国民の為に、とか、国民の模範がどうのって、なんだか窮屈そうだった。そして、家庭の話になると、口が重くなる。あまり深くは聞かれたくないようだったので、リーナが話す言葉に耳を傾け、うん、うんって聞いていた。
「本当は姫さまはここで、色々と見て楽しむつもりだったのだ。――だが、ロッテルメイヤーの姫としてでは無く、子供同士として気兼ねなく
「ナイアン、レイジは我が家来だぞ」
「だ、そうだ。――なにか君に贈るものがあると良かったのだが」
ナイアンがリーナに視線を送る。
リーナは胸の辺りをキュッと握る。首からチェーンが見えているから彼女もペンダントをつけているのだろう。そして、はっとしたように顔を上げ、立ち上がり、「んしょ」っと、手元の木刀を手に持つ。
「レイジ、これを
リーナは座っている玲司の肩に木刀を当てた。
「我が訓練用の特殊な木刀じゃ、これで毎日素振りでも、稽古でもはげめ。格段に強くなるぞ」
そう言って木刀を玲司に手渡そうとする。
「姫さま……まだその歳では、叙勲出来るような身分ではありませんよ。それに、その木刀は姫さまが力を得るためのもの。ここに置いていくのは、よろしくないかと」
「レイジは我のものだから良いのじゃ。それに我は王族。助けられた礼も無しでは、国の
たどたどしくリーナが訴える。玲司が受け取ると、木刀は木の色を手元から黒く変化させた。ナイアンの視線が刺さる。
「姫さま……そろそろ来ます。では、レイジ君、お別れだ」
ヴォン! 複雑に回転する、黒い異国の文字が宙に現れた。ナイアンはそちらへ向かい、リーナを待つ。
「元気でな」と、玲司はリーナに手を差し出す。
名残惜しい気持ちを押さえ込もうとするが、目に溜まる水分で視界が滲む。「変な顔をするな、我も変な顔になるではないか」そう言って玲司の手を握り返し、すぐにナイアンの方へと駆け出した。
玲司も歩いて近づく。
リーナがナイアンの隣に立つ。
サラサラっと髪を揺らし、くるんっと、彼女は振り返る。
その反動で胸に隠れていた珊瑚のペンダントが服から飛び出す。
「えっ! なんで?」
玲司は自分のペンダントを取り出し、見比べる。自分のと同じ貴重な珊瑚のトップが、リーナの首元に揺れている。
リーナも目を見開き、口に手を当てる。
「では、また」と、ナイアンがリーナの手を引き、二人は一緒に文字の中へと姿を消した。
――また、いつか会えそうだね。レイジ君。
一度振り向いたナイアンの口が、そう動いたように見えた。
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