笑顔を見せてよフィオリーナ
矢口こんた
第1話 砂浜のクロスオーバー
砂を
春風が連れてくる潮の匂い。
遠くに見える
海と同化した黒い空に、
なんにも変わらない、いつもの夜の海だ。
少し違うのは、砂浜を歩く一匹の猫。
トラ猫……にしては月の光のせいで、茶色ではなく、金色にも見える。
いつもなら好きな猫を見て、にやけてしまうけれど、今はそんな気分ではない。
三年前、
玲司は父の命日としている今日、母と喧嘩して、家の裏の海に来た。
上の妹に内緒で、下の妹の欲しがってた物を買ってあげてるのを、見てしまった。下の妹は、義父の連れ子だ。いつもそうなんだ。
それが、なんだか悲しくて、悔しくて。――うぅっ、
夜空を見上げる。「父ちゃん……」首から下げている珊瑚のお守りをギュッと握る。不思議な色をした貴重な珊瑚。
日本一の武闘派漁師と呼ばれた筋骨隆々の父を思い浮かべる。
カチリ! 頭に音が響いた。なにか部品と部品がきっちりと組み合わさるような音。
パーカーの袖で、
大きく息を吸い込み、ふうっと、悔しい気持ちも一緒に吐き出す。滲んでいた世界が、再び輪郭を取り戻した。
砂を
春風が連れてくる潮の匂い。
遠くに見える
海と同化した黒い空に、瞬く星たち。
近くには、上から下に木の棒を何度も何度も振ってる女の子と、それを見守る男の人。
ん? なんか、さっきと違うものが目に映っている。
もう一度、袖を
棒を降るたび、銀色の髪が青い光沢を帯びて、揺れる。
月明かりを受けた銀色の髪が、揺られるたびにキラキラッ、キラキラァッと光の粉を散らす。
女の子は、ずーっと棒を振っているだけだけど、振る度に、髪の揺れ方、細やかな光の散り方が変化して、玲司は、ふわぁ、と、なんだか胸がドキドキして、夢中で見ていた。
小さな顔に、青の光沢を持つ銀色の髪。透き通るような白い肌。外人さんかな?
春に似合うワンピースに薄手のロングジャケット。変わった服だけど、可愛いな。
ずーっと見惚れていて、――そんな自分が可笑しくて、ふふっ、と思わず笑みが溢れた。
棒を振っていた女の子の動きが止まった。
こっちを不思議そうに見てる。
口元に指をあて、首を傾げたのち、ばぁっと笑顔が咲いた。
しかし、すぐに彼女は、眉尻をあげて、口をへの字にして、きっ! と、
棒を持ったまま、女の子はズカズカと砂を踏み締め、
な、な、な、なんだ! 棒で殴られるっ! 玲司は前屈みに小さくなって、頭を腕で隠した。
「貴様っ! もしかして、――我のことが……見えておるの・か?」
へっ? 最初は強気な女の子の声が、だんだん困っているような響きになっていった。
おかしなことを言われて、玲司は恐る恐る顔をあげる。腕の隙間から片目で女の子を見た。
木の棒が玲司に向けられている。
眉尻を下げ、
風に揺れるしなやかな髪が、月明かりに照らされて、サラサラ光の粉を舞わせている。
青い夜が映し出す、幻想的な光景を見た瞬間……
女の子は木の棒を下ろし、ふっ、と、少し寂しそうに笑った。
「なんだ……聞こえてはいないのか」
その言葉が、
「えっと、あっ、ごめん。聞こえてる! それに……見えてる、よ?」
――この女の子の質問の意図を、ボクが理解してないのかな? もしかして、すっごーく深い意味で聞いていた? だとしたら、もっと、よーく考えて喋らなきゃいけなかったのかな。
でも、この子、外国人だろうけど、日本語が上手だな。もしかしたら日本で生まれて育ったのかな。何処の子だろう? えっと……、
「名前はなんて言うの? どっから来たの?」
「無礼者っ! 貴様から身分を明かさぬか! 我はフィオリーナ・リノセント。ロッテルメイヤー王国から来たのじゃ!」
木の棒を砂に突き刺し、胸を張って女の子は名乗った。
その女の子の隣に、すうっと音も立てずに人が現れ、耳打ちする。あ、さっき棒を振っていたこの子を、見守っていた人だ。少し笑っているように見える。
「姫さま……先に名乗ってしまっていますよ」
フィオリーナと名乗った女の子は、大きな目を更に開けた。はっ! と短い声を出して棒を手放し、両手で口を塞いだ。
「よろしく、フィオリーナちゃん。ボクは早瀬玲司、レイジって呼んで」
「無礼者! わたしに指図だと? レイジ。貴様は何様のつもりだ! わたしのことはリーナと呼ぶのだ」
「姫さま……レイジ君の指図通り、レイジって呼んじゃっていますよ」
リーナは、目を大きく開けて、はっ! と、口を両手で抑えた。
そして、うぅ、と涙を浮かべて
「レイジッ! 貴様、一度ならず二度までもっ! 我を罠に嵌めるとは良い度胸だ、勝負せいっ!」
そう言って、何も握っていない右腕を
「ん?」リーナは小声を漏らし、砂に落としていた木を「んしょ」と、しゃがんで拾った。
あらためて、玲司にピシッと、木の棒が向けられた。
――多分、リーナなりのカッコいいポーズなんだと思う。
「…………」
隣の見守りの人に、目だけを動かして、ひそひそ声で尋ねた。
(ナイアン、これ、もう一回レイジに、言った方が良いヤツか?)
ナイアンと呼ばれた男の人が、ひそひそ声で答える。
(姫さま……その必要は、ごさいませんよ)
(リーナたち、そのひそひそ声、ボクにも聞こえているからね)
リーナがひそひそ声で(無礼者っ、盗み聴きとは……)と言いかけ、はっ! と言葉を飲み込んだ。
そして、あらためてリーナが普通の怒ったトーンで話す。
「なぜ
リーナは形の良い眉を上げ、むぅ、と頬を膨らませている。
ナイアンさんはリーナの隣で
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