7
結局三軒梯子したのだが、久しぶりに飲んだアルコールは相当効いたようで、体が回復するのは次の日の昼過ぎまで待たなければいけなかった。
自分の部屋のベッドの上で目を覚ます、毎日見ていた天井なはずなのに、久しぶりに見た気分だ。
というか最近はベッドでさえ寝てなかったから、本当に久しぶりに見る天井なのかも。
部屋を見渡すと、その荒れ具合に自分でも引いた。かろうじて踏み場のある床には、足の形をしたスタンプがあり、それ以外は何もかも埃まみれだ。
カーテンを開けて日光……というか夕陽を部屋の中に入れ、片付けをしようとして、立ち止まる。
……あまり気が乗ることではないが、しなければならないことがその前に一つあった。
僕はスマホを持ち、連絡帳を開いて、震える指でそれを押した。
数回のコール音。ずっと震えている手で、スマホを耳に押し付ける。
ガチャ、と。お掛けになった電話番号は……という人工音声が聞こえた。
何故か全身の力が抜けて、安堵したような気持ちになる。
――と、一息つく間もなく、折り返しが来た。
意を決して、それに出る。
「……もしもし、希美、ですけど」
「無事やったようで、なによりやわ」
電話越しの母の声は、全く変わらないようだった。
「あー……、うん。ぶじ……っちゃ、ぶじ……。かな」
「…………」
「…………」
沈黙。
うちの母は、元々喋る人ではないし、僕もあまり家族と喋る方ではない。妹は母とよく喋っていたような気がするが、うちは母子家庭だったので、僕はわりかし一人でいることが多かった気がする。
「……まぁ、なに、その……」
「なんや」
心なしか、母の声が冷たい気がする。
いや、冷たいというか、怒っているというか、縁切られても仕方ないみたいなことを僕は実際しているけれど。
「ごめん…………。みたいな」
いつぶりかも分からない。とても幼い頃ぶりな気がする、母への謝罪をした。
なんせ、世話がかからない息子だった気がするから。
「…………ま、ええわ。あんたの部屋、まだ残してるから。帰りたくなったら帰ってき」
でも、確か。大昔に僕が何かをして謝った時も、母親はこんな感じで許してくれた気がした。
「……うん。ありがとう。多分……、半年後……とかに帰ると思う」
「はいはい。用事はそんだけか?」
「あ、あ! まっ! ……ま、真奈は元気?」
「真奈ぁ? ああ、なんかこの前男連れてきよったわ。まぁいい歳やしなあの子も……」
「そ、そっか……。ま、まぁ、そんくらいかな! じゃ、じゃあ切るわ!」
「頑張りや。はいはーい」
電話を切って、改めて自分の部屋を見る。
黒い夏の日は終わって、一息付いて、改めて、あの岬の絵を見る。
高い金属音のハーモニクスが、脳裏に響いた気がした。
『そんなに人生って、楽しいものなのか?』
彼女が言っていたように、自分も知識を積み上げてみたが、それは決して楽しいものではなかった。
じゃあ、僕の人生の楽しさって何なのだろう。
どうして、僕はあの時、楽しいと思えたのだろう。
『魔女って、信じる?』
一体、彼女はどこにいるのだろう。
彼女にそれを聞けば、分かるだろうか。
また、彼女に会うことが出来れば、あるいは――。
会う、ことが出来れば……?
そういえばどうして僕は、彼女と出会えたのだろう。
魔女……、魔女……。
いくら考えても、分からずに、その日は部屋の掃除に没頭した。
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