6

 山火事の中にいるみたいに、毎日が熱かった。

 苦しくて、息が出来ないが、もともと自分がどのような世界で暮らしていたか思い出せないので、それが当たり前な気もした。

 なんとなく暮らしてしたことが思い出せないし、今もなんとなく暮らしている気がした。

 どうして自分がこんなことをしているのか、ぼんやりとしか思い出せないでいた。ただ、やれば毎日少しずつ進歩していく作業を、ずっとやっていた。

 友達から、連絡が来た。

『久しぶりに、飲みにでも行かないか?』

 僕は、これを無視したら後々面倒くさそうなことになりそうだと思い、行くことにした。ネットで、心理学の本を頼む。

 会う日までに、自然と少しずつ人間関係を切る方法を学んだ。

 心配されても嫌なので、どれくらいかぶりに身だしなみを整えた。もちろんシャワーも浴びた。

 久しぶりに繰り出す街は、眩しくて、とても不快だと思った。

 ただ、何故か、どうしてか。

 不快に感じることを取り立てている自分に、違和感を覚えた。

「おお、久しぶり希美」

「もう飲んでるよー」

「何年振りだっけ、三……四年? まぁ、座れよ」

 大学の時に、よく遊んでいた三人がそこにいた。

「で、何飲む? ハイボール好きだったよな?」

「でさぁ課長が怒ってやんの」

「いや、お前があの部署選んだんじゃん」

 人の声を、久しぶりに聞いた。

「ぁぁ……。ハイボール……」

「おっけ。お前わりかし強いの好きだったよな。すみませーん! あ、これ貰っていいですか?」

「いやぁそうなんだよなぁ! これが自業自得ってやつかなぁ!」

「ほんと、いつまでもふらついてないでしっかりしろよ」

 閉め切っている自分の部屋より、暖かい気がした。

「いいなぁ所帯持ってる奴は余裕で! あ、そうそう希美、コイツ結婚したんだよ!」

「え……。そうなの」

 照れ屋の隆二は、あの頃と変わらず不愛想に、僕の前にスマホを出した。

 その画面には、赤ん坊と、女性と、隆二が映っていた。

 女性は抱きかかえている赤ん坊に笑顔を向けていて、隆二はその女性の肩を抱き、珍しく満面の笑みでピースをしている。

「大学の研究室で会って、そのまま去年結婚しやがったんだよ!」

「まぁ、いいだろ俺の話はもうよ」

 すぐスマホを戻す彼の様子は、あの頃とあまり変わっていないように思えた。

「んなことより、コイツの話だろ」

 隆二は、僕を顎で指してそう言った。

「え……、ああ」

 一応、考えられる質問は大体答えを用意してきていた。

 この何年間、どうしていた、とかは。怪しまれないように受け答えするつもりだ。

「お前、博士進んだんだってな! どんな研究してんだよ!」

 しかし、お調子者の尋が聞いてきた質問は、僕が全く予想していないものだった。

「いやほんと、どんな風の吹き回しだよ? 学部居た時はそんな素振り全く無かったろ?」

 面倒見のいい有紀もそれに乗っかり、隆二も頷いていた。

「え……? は、博士……?」

 僕が疑問を投げかけると、皆が止まり、そしてしばらくして、有紀が合点がいったように話し始めた。

「ああ。なんかお前に連絡取りづらかったから、親御さんに連絡取ったんだよ。そしたら、お前が院進んだっていうからさ」

 そういえば、僕にも家族がいたことを。

 数年振りに思い出した。

「そう! いやー、ほんとあれびっくりしたよな!」

「な。希美が院行くなんて」

「で、今、何の研究してんだよ? ほら、言ってみ? 分かるかもしんないだろ?」

 まるで山火事に包まれているかのように、僕はずっと熱かった。

「――ループ量子重力理論……」

「こちらハイボールになりまーす」

「絶対聞いても分かんねーわ! とりあえず、久しぶりの再会を祝して……」

 僕はずっと、熱くて、苦しかったんだ。

「か……」

「「「「かんぱーい!」」」」

 ハイボールは、冷たかった。

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