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そして、しばらく、僕がずっと自分の半生を語って、そして大方語り尽くして、ほどなくした頃。
彼女は止まった。
「ここに、連れてきたくて」
彼女がどうして僕をここに連れてきたのか。想像は出来ていた。それはずっと見えていたから。でも、一体全体ここまで走ってくる必要があったのかは分からない。
きっと、ここが一番美しく見える場所なのだろう。
僕は、彼女と一緒に空を見上げた。
そこには、ワインレッドやセルリアンブル―に輝く、まるで今まさに超新星爆発を起こしているかのような、満天の星達があった。
「…………」
膜のような、プラズマの鮮やかな層が、星達を包む様に淡く光っている。それにまけじと、幾億の恒星が、点となって輝いていた。
「シャンパンって、飲んだことある?」
プラズマの層が、真っ黒なキャンバスの上に、鮮やかなところから薄いところまでグラデーションをかけている。そして、その上に煌々と光る星。それから目を離さずに、僕たちは言葉を交わした。
「宇佐は?」
「私はあるよ。誕生日に初めて飲んだ」
「誕生日とか、あるんだ」
「私を何だと思ってるの?」
真っ黒な宇宙空間と、青色に輝く星との間は、鮮やかな紺色になっていた。薄い雲の様な緑色のプラズマが、そこに更に色の複雑さを足している。あれだけの色が混ざって、どうして綺麗なのか不思議なくらいだ。
「俺は無いなぁ」
「意外と子供?」
「今年で二十二だけど」
「じゃあおっさんか」
不思議と、ずっと走っていたのに疲れは無かった。
野原の上に二人で寝転んで話しているかのように、自然に、心地よく、僕たちは意思疎通していた。
「そっちは?」
「同い年」
「じゃあおばさんか」
「同い年っつってるでしょ?」
そんな筈はないのだけれど、星達は見れば見る程ゆっくり動いているように見えて。この現象にも名前はあった気がするのだけれど、そんなことはどうでもよくて。
二人でこうやっていることがいつまでも続けばいいなと、ふと思っていた時に、彼女は言った。
「悠久に、遥かに、生きていたいと思うのよね」
それはどこか独り言ちていて、何故か哀しさを含んでいて、それでいて愁いていて。僕が口を挟んでいいのか、少し戸惑った。
「そんなに人生って、楽しいものなのか?」
ただ、なんとなく彼女は誰かを待っていた気がして。
僕は聞いてみた。
「ええ、楽しいわよ。知れば知るほど。感じれば感じるほど。でもそれは、知識や経験の積み重ね、でもないのよね」
ゆっくりと、隣でこちらを向いたのが分かった。
「突発的なことも含めて、楽しいのよ」
ちらりと横を見ると、もう既に彼女は視線を空に戻していた。
「それは俺も、今日分かったよ」
「でしょ?」
そこで僕たちは、話し始めてから初めて、黙り合った。
夜は、長い。それは、明けるかどうかなんて気にしなくていいほど、後先のことなんて考えなくていいほど、長く、深い。
夜空を見上げながら、足元の水の中に沈んでいくかのような錯覚を覚えた。でもそれは、決して恐怖とかそういうものではなく、布団に包まれたような多幸感であって、何か大きなものの上で運ばれる心地よさだ。
自分が何も考えなくても、世界の理は動き続ける。とても合理的に、狂い無く、自分の想像の及ばぬほど、一度に、全てが。
僕たちが生きている内に知れるものなど、その理のほんのほんのほんの……、一部分だろう。しかしそれを知ることが出来れば、きっとこの幸せを更にじっくりと感じることが出来る。
彼女が生きたいと思う理由は、もしかしたら、こういうことなのかもしれない。
知りたい。
海の底に沈みながら、いくら見てみ見飽きることの無い天球をずっと眺めていた。隣にいる彼女のことを、ふと何度か忘れたこともあったが、彼女がいなければ自分はここまで落ち着くことはきっとないだろうと思う。
いつまでも、夜は空けない。どれくらい経っただろうか。
「魔女って、信じる?」
唐突だった。
「魔女?」
口の開き方を一瞬忘れていたのかもしれない。それを言って隣を見ると、彼女はいなかった。
ぎょっとする間もなく、僕は自宅で目を覚ます。
あっけなく夜は明けて、伽藍洞の様な僕だけがそこにいた。
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