第53話 それから
「……完全に間違えた」
有声は遠い目をして、誰に聞かせるでもなく呟いた。
視線の先には、オルとロスがいた。すっかり成長して、野を駆け回っている。それはいい光景なのだが、問題はそこではなかった。
「……教育間違えた。いや、俺がやったわけではないけど……教育方針を決めたから同罪か」
ため息を吐くが、それをしたところで現実は変わらない。
「可愛い。可愛いけど……」
『あははっ。ほらほら、侵入してきたのはそっちなんだから、もっと楽しませてよっ』
「ひいぃ、勘弁してくれ!」
『勘弁してくれ? 今さら遅いんだよっ』
「ぎゃあああ!!」
完全に狩りの状態で、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「……おかしいなあ」
その様子を遠くから眺めながら、有声はため息を吐いた。
「ぜっっったいに、ルビのせいだ」
元気よく侵入者を追いかけているオルとロスに、有声はルビのせいだと頭を抱えた。
有声がこの世界に来てから、長い年月が経っていた。その間に色々なことがあった。しかし、彼は一人ではなかったので乗り越えられた。
本当に色々なことがあった。有声の能力を狙って、たくさんの国から使者や暗殺者までもが送られてきた。
毎日のように家に来るので、面倒くさくなったルビが全世界に向けて釘をさしたほどだ。
魔力の半分を使い切るほどの大きな魔法だったため、その間は安全を確保できるよう三郎のところで身を寄せていた。
『触れたら殺す』
それだけの言葉だったが、殺気を全く隠そうとしなかったせいで、あてられて気絶する者が後を絶たなかった。これは伝説の日となっている。
オルとロスも有声を守る意識が強くなり、さらに特訓した。有声に害を与えそうな存在は絶対に消すほど強くなった頃、さすがにやりすぎなのではとルビに尋ねた。
まだ本調子とはいかない状態で、有声を安心して任せられる者は限られている。
『オルとロスが狙われる可能性もあるから、強ければ強いほど自分の身を守れる』
ここで理由を有声にしなかったルビは、その方が有声も受け入れやすいと知っていた。まだまだ遠慮するので、誰かのためとした方が納得する。
一緒にいるうちに、有声のコントロール法を学んでいた。
「そうか。俺のせいで、ここの存在もみんなのこともバレたから、身を守る手段は多いほどいいか」
そんな思惑を疑うことなく、有声はオルとロスのためという理由を信じた。
きちんとルビの様子を見ていれば、その瞬間ニヤリと笑ったのに気づけたかもしれないが、有声の視線は別のところに向いていた。
こうして止められた機会を見逃していたので、自分のせいだと思っているが、大半の責任はルビにあると考えていた。
『ママ! 俺がほとんどやっつけた!』
『嘘言うなよ! 僕だって、いっぱい倒したよ!』
「はいはい、喧嘩しないの。オルもロスも、両方いっぱい頑張ってくれたから、凄く助かったよ」
久しぶりの侵入者は、呆気なく逃げていった。
今回は人数を集めて数の力で勝とうとしたのだが、圧倒的な強さを前にしたら、何人増えても関係なかった。
しかも武器を持っているとしても、人間だけ。ルビどころか、オルとロスの敵では無い。
「今日は何が目的で来たのかな。また性懲りもなく、俺に『通訳』を頼みに来たか? あんなに蹴散らされても、月日が経てば忘れる。同じ種族ながら情けない」
ふんふんと狩りの興奮で鼻息の荒いオルとロスを、平等で撫でていく。どちらか一方が多くなると、それが原因で喧嘩に発展する。そうなれば、宥めるのは有声だ。
考えごとをしながらも、注意していた。
「そういえばルビは? どこに行ったの?」
すっかり有声の背丈より大きくなったが、有声のために頭を下げて撫でてもらったオルとロスは、顔を見合わせて首を傾げる。
『分からない』
『僕達が起きた時には、もうパパいなかった』
「そうなの? 出かけるって聞いていないのに。まったく、いつも勝手に行動するんだから。わがまま俺様」
『……ほう。そのようなことを思っていたのか』
「げ」
いない間に、ここぞとばかりに直接言えない愚痴をこぼしていたら、どこからかルビが現れた。驚いて嫌そうな声を有声は出したが、実際はルビがそう遠くないところにいるのは分かっていた。
悲しく、苦しい気持ちにならなかったからだ。番は、物理的にも精神的にも距離があくと、悲しみに押しつぶされて胸が痛くなる。
それは距離があけばあくほど、痛みが強くなっていく。
しかし今回、チクリとした痛みはあったが、苦しいほどではなかった。だからそれほど遠い距離にはいないと、そう思っていた。
「おかえり。侵入者は、オルとロスがなんとかしてくれたよ。俺達を置いて、どこ行ってたのかな?」
『拗ねているのか? 何、ちょっと連絡をとっていただけだ。危険を察知したら、すぐに手を貸せるように準備はしていた。しかし、我がいなくても立派に役目を務められたようだ』
『パパ! 僕頑張ったよ!』
『トト、俺も頑張った!』
『そうかそうか。よくやった』
オルとロスを褒めるルビを見て、まあいいかと、間違えていたというのが間違いだったと有声は考えることにした。
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