第52話 可愛い子供と


『ママ!』

『カカ!』


 飛びついていたオルとロスを受け止めて、有声は目を細めた。最初に会った時は子犬ほどの大きさだったオルとロスも、住んでいる場所が体質に合ったのか、しっかりとご飯を食べて運動をしているおかげか、日を重ねるごとに成長している。

 受け止めるのもいつかは限界を迎えると、衝撃が増すたびに有声は感じていた。

 ルビにオルトロスが成獣になったら、どれほどの大きさになるか聞いた。自分を軽く超える大きさに、じゃれつかれただけでも命の危険があると知った。

 まだ受け止められるうちに、たくさん触れ合っておこうと決めていた。


 あれからオルは『ママ』、ロスは『カカ』と有声のことを呼び分けるようになった。

 それをきっかけに、性格の違いも少しずつ出ていた。

 オルは甘えん坊、ロスはお兄ちゃん風を吹かせるように。それぞれの性格が違い、有声は子育てというのは面白いと、ほぼ毎日感じた。

 自分が産んだのではないのかと、たまに錯覚してしまうぐらいだ。

 ママ、カカと呼ばれても違和感を覚えたりはしない。むしろ、普通に受け入れて返事をしている。


「今日は何してきたの? こんなに泥だらけになって。草だって、どうして全身につくことになったのかな。草むらにまた突っ込んだ?」


 毛が黒いからこそ、かわいた泥や草が目立つ。

 自身の服が汚れるのは気にせず、泥や草を落としていった。


「これは温泉に入った方が早いかな。ああ、毛が絡まってゴワゴワしてる。これは良くない。ブラッシングもしなきゃ」


 癒しのサラサラとは程遠い。オルとロスの毛並みは自分が守る。そんな決意を固めながら、有声はついていた草を全て取った。


「もう。どうしてルビもいたのに、こんなことになった? ちゃんと見ててって言ったよね。見てくれなかったの?」


 有声の説教はルビに向けられた。

 オルとロスの監視役として、ルビが一緒について行ったはずだった。

 危ないことをする前に止めてくれと、見送る際に言っていた。それにも関わらず、こんな状態になったので少し怒っている。

 ずっと有声の様子を見ていたルビは、オルとロスと意味ありげに視線を交わす。その視線に気づいた有声が、何を企んでいるのかとルビを睨む。


「俺にまた隠し事しようとしている? そういうのはしないって約束したよな。それにオルとロスに関することは、話し合って決めるって。違う?」

『別に隠していたわけではない。きちんと伝えるつもりだった。オル、ロス、ユーセイに教えてやれ』

『『はーい』』


 ルビに促され、まずオルから口を開く。


『あのね。パパにおしえてもらったの』

「そう、何を教えてもらったのかな?」


 有声が優しく尋ねると、今度はロスが食い気味に話す。


『ビューンってするんだ!』

「びゅーん?」

『ズババって!』

「ずばば?」


 必死に説明してくれているのだが、擬音だったせいで有声は理解できない。しかしそれを言ってしまうと、オルもロスも悲しむ。助けを求める視線を、ルビに送った。


『特訓をしていた。魔法のな』

「魔法の特訓? こんな小さいうちから? そもそも、魔法が使えるの?」


 魔法や特訓の話は、有声にとって初耳だった。矢継ぎ早に質問すると、ルビが答える。


『ああ、元から素養があるのは分かっていた。これまでは幼かったから何もしなかったが、使い方を知らずに暴走する前に特訓すべき頃合だった』

「どうして俺に話してくれなかったんだよ」

『話して心配させたくなかったのもあるが、オルとロスが内緒にしてくれと頼んできた』

「そうだったの?」


 仲間はずれにして、話をしなかったのを怒ろうとしたが、オルとロスが頼んだと聞いて有声は拍子抜けする。


『うん!』

「どうして?」

『カカをびっくりさせたかったから!』

「……驚かせたかったのかあ。特訓はどうだった?」

『『楽しかった!!』』


 たくましくなってきたロスだけでなく、甘えん坊で怖がりのオルでさえも楽しかったと笑う。それを見て、怖かったり危険だったりはしなかったのだろうと、有声は怒りを完全に消した。


「……楽しかったのなら良かった。今度は、俺にも魔法を見せてくれるかな?」

『うん! みて!』

『ぶわーっ、ぐわーってなるから!』

「そっかそっか。ぐわーって、ぶわーっなのかあ。見るのが楽しみ。特訓するのはいいけど、怪我だけはしないようにな」

『大丈夫だ。そこの調整は上手くやる。暴走させないための特訓だから、きちんと見張っておく。安心しろ』


 有声から怒りの気配が消えたと察知すると、ルビが自分はきちんと保護者として見ているアピールをしだした。


「まあ、ルビが見てくれているなら安心か。そこは信用しているよ」

『そ、そうか。我に任せておけ。我に負けないぐらい、強く育てあげよう』

「うーん……それは、どうなのかな? 強い方が、オルとロスのためになる?」

『ああ、もちろんだ。強ければ強いほどいい』

『『つよくなるー!!』』


 ルビだけでなく、オルとロスにまで押し切られる形になって、有声はそれを受け入れた。

 実際はルビに負けないぐらい強くなる必要は全く無いが、それを教えてくれる者はいなかった。

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