第50話 隠し事


「ん? もう一度言ってくれる?」

『その……』

「もう一度、言ってくれる?」


 腕を組み笑顔の有声を前に、ルビは視線をそらした。そのこめかみには汗がつたい、ごまかすように咳払いをする。

 しかし有声は騙されない。そして笑みを浮かべているが、湧き出るオーラは圧を感じるものだった。


「俺の耳が確かなら、ルビはまだ隠し事をしていたってことになるけど」

『……聞こえているではないか』

「何か言った?」

『い、いいや。なんでも』


 本来ならば、有声が怒ったとしてもルビが縮こまる必要は無い。力の差は歴然で、戦えばどちらが勝つかは目に見えていた。実際、有声以外であれば、ルビは自分の我を通していただろう。

 しかしルビは、有声には頭が上がらなくなっていた。共に過ごしていくうちに、尻に敷かれている状態に変わっていった。

 それでも理不尽に怒られたならば、いくら精神的に有声が強くても反論しただろう。つまり、ルビは自分が悪いと自覚していた。そのため大人しく、有声の前で縮こまっているのだ。

 普段は温和な有声が、どうして怒っている理由はなにか。それは今話題にした、ルビの隠し事についてだった。番の件だって、丸く納まったから良かったものの、有声が激怒する可能性だってあった。それに関しては、有声も蒸し返したりはせず、完全に許している。

 しかし、ルビのもう一つの隠し事は違った。簡単には許せるたぐいではなかったのだ。


「姿を自由自在に変えられるって、一体どういうこと?」

『……それは』

「俺の記憶が確かなら、家に入れる小ささになるぐらいしか出来ないって、そう聞いた気がするけど。もしかして記憶違いだった?」

『……その』

「姿を変えるために、エルフの村に行ったりユニコーンを探しに行ったりしたよね。それって、何の意味もなかったってこと? そんなものがなくても、自由に姿を変えられたんだからね。つまり死にかけなくても、嫉妬で命を奪わなくても良かったわけだ」

『……すまない』


 淡々と事実を並べる有声に、言い訳もできず謝るしかなかった。

 ルビが隠していたのは、姿を変えられないと説明した話が、実は嘘だったことだ。制限もなく、ルビは望んだ姿になれる。街に行くために、小さくも人間に似た姿になるのも可能だった。


「今は謝らなくていいよ。謝られたところで許せないから」

『……』

「どうして、そんな隠し事……ううん。嘘をついたのか、ちゃんと説明して。その話を聞いてから、どうするか判断する」


 素っ気ない態度に、ルビの心は挫けそうだった。こういう時、癒しで有声の気持ちをごまかせる力を持っているオルとロスは、外へ出かけていた。呼び戻したかったが、それをすれば余計に怒らせると、ルビも分かっていたのでできなかった。

 有声の納得する理由を説明出来なければ、しばらく地獄の時間を過ごすことになる。言葉にされたわけではないが、ルビはそう確信していた。

 しかし、本当のことを言っても許してもらえない。呆れられる。それでしばらく距離を置こうとなったら、ルビは立ち直れる気がしなかった。上手い言い訳を探したが、結局正直に話す。


『……嫉妬していたのだ』

「嫉妬?」

『人間の住む世界に行けば、我のことよりもそちらを選ぶかもしれない。そうでなくても、人間と近い場所で生活したいと考えるに決まっている』

「俺が、街に行くのが嫌だった?」

『……ああ。我だけの物にしたかった。我しか頼れない状況にしたかったのだ』

「それは……」


 とんでもない執着である。他者を排除するなんて、ヤンデレに近い考え方だ。

 しかし、それを有声は怖いと思わなかった。愛されているのだなと、軽い感想しか持たまい。危機感がないのではなく、ただルビを信用しているだけ。ルビ相手だと、有声の警戒レベルはゼロに近いぐらい下がる。


「そうやって言ってくれれば……いや、納得しなかったか」

『我も同じことを考えた。出来ないことは無理やりやらせづらいが、出来ることならば色々な手段を使ってやらせようとする。そうならないように、最初から選択肢を消した』


 もしルビが自在に変身できると分かっていたら、どうしていただろうかと有声は考える。

 きっと何度も頼んで、ルビが折れるまで諦めなかった。それは、無理やりやらせるのと同じことだ。

 人の世界に触れていれば、そちらに順応しやすくなる。ルビの占める割合は、どんどん狭まったに違いない。

 ルビはとにかく不安だった。嘘をついて隠すほどに。

 そもそも有声が怒っているのは、もっと早く言ってくれれば一緒に街に出かけられた、という理由が大きい。

 --怒り続ける理由は無いのでは?

 そう考えかけたところで、有声はまだ問題が残っていたのを思い出す。


「『エルフの涙』と『ユニコーンの角』を集めたのは? どんな理由があるんだ?」


 外界との付き合いを最小限にしている村に突撃。

 嫉妬から首を飛ばす。

 字面だけだと、とんでもない極悪非道な行為だ。特にユニコーンについては、とばっちりを受けたようなものである。

 きちんとした説明を求むと、有声はルビを睨みつけた。

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