第49話 番と分かって
目を覚ました有声は、ベッドから起き上がれず悶えた。思い出されるのは、恥ずかしい記憶だった。自分の醜態に、ベッドに頭を打ちつける。
「う、わ。うわあ……うわあ。誰か俺を消してくれ」
有声は膝に顔を埋めて、小さな声で零す。しかし消されるわけもなく、有声はベッドから出るしかなかった。
ノロノロと緩慢な動きで歩きながら、なんとなくいるだろうと感じる方へ進む。
「……おはよう」
扉を開けて、有声は挨拶をする。視線は下に向いていた。部屋の中には、ルビはもちろんオルとロスもいた。
『『おはよう!』』
有声不足だったオルとロスは、有声に飛びついた。我慢していた分、その勢いは凄まじかった。
それを受け止めた有声は、毛並みを優しく撫でて整える。
「昨日は、突然出ていってごめん。心配かけちゃったよね。大丈夫だった?」
恥ずかしさからの行動だったとはいえ、オルとロスを置いて逃げた事実に変わりはない。心配かけてしまったと謝れば、ふるふると首を横に振った。
『だいじょうぶ』
『トトがなんとかしてくれるって、わかってたから!』
「そうか。凄い、信頼されているんだな」
自然な流れで話しかける。本人はそう決めて行動したつもりだったが、どこかぎこちなさがあった。
『よく眠れたか?』
「あ、うん。おかげさまで」
何がおかげさまなのか分からないが、有声はそう言っていた。ルビの顔は、まだ見られなかった。
ごまかすようにオルとロスの体を撫でて、ルビから視線をそらした。ただ気まずいからの行動だったが、ルビとしては面白くない。部屋の奥にいたが、素早く近づく。
気がついたら、ルビがそこにいた。驚いて数歩後ずさるが、背中が壁に当たる。扉ではなかった。それは、逃がさないようにとばかりに伸ばされたルビの尾だった。
退路を塞がれた、有声の心臓は騒いでいた。近い距離にルビがいる。それどころか触れている。完全にパニックだった。
『そのような顔をするほど、嫌か?』
「あ、いや。違う。そうじゃなくて。……恥ずかしいだけだから、分かってよ」
『そ、うか。それならいい』
オルとロスを抱えたままなので、顔を隠すことができず真っ赤なまま答える。それにつられて、ルビの挙動もおかしくなった。
オルとロスは、大人に任せていたら駄目だと声を出して存在をアピールする。
『トト!』
『カカ!』
『なんだ?』
「うん。えっと、どうしたの?」
突然の声に、ルビも有声も驚く。そんな2人に爆弾発言を落とす。
『『パパとママ?』』
「ぱっ!?まっ!?」
ルビは絶句し、有声は叫びながら思考停止した。パパ、ママに他に意味があるかのかと探したが見つかるわけもなかった。
「そ、それは」
『ちがうの?』
『パパとママじゃない?』
違うとすぐに否定しなかった時点で、有声がどう思っているのかは明らかだった。良識のある大人であれば、察して見逃したかもしれない。しかしこの場にいたのは、子供と悪い年長者だけだった。
『そうだな。ユーセイはどう思っているのか、我も知りたい』
「なっ!?」
オルとロス側についたルビに、裏切り者と恨みを抱きながら、有声はなんとか切り抜けられないかと突破口を探した。
しかしキラキラとした視線を向けられ、思考が上手くまとまらない。答えるまでに時間をかければかけるほど、オルとロスは悲しそうな顔をし始める。
それに、少しだけ演技が含まれていることを、有声だけが知らなかった。狡猾さというよりも、自分達の欲しい言葉を有声の口から聞きたかったからだ。
『ちがう?』
『ちがうの?』
うるうる、きゅーんきゅーん。
涙の膜が張った瞳、悲しげな鳴き声。有声は、頑なに言えずにいる自分の方がおかしいのではないかと考え始める。
番というのはパートナーと同義。それなら、家族であるオルとロスにとって、自身とルビはパパとママのようなもの。どちらがママなのかは、この際気にしていても仕方ない。
トトとカカというのは、そういう意味だったのかと、今更ながらに判明していた。
「……ち、がくないよ。オルとロスの、パパとママだね」
かなり小さな声ではあったが、遠くにいるわけではないので、しっかりと全員の耳に入った。
オルとロスに今の今まであった涙は引っ込み、尻尾をちぎれるのではないかというぐらい振りながら有声の胸に顔を押し付ける。
『『ママ!』』
「……うん、ママだよ」
喜んだのは、オルとロスだけではない。喜びの度合いで言えば、ルビの方が大きかった。
それを示すように、有声の体に密着している。鱗なので暑苦しくないが、有声はなんだか気恥ずかしかった。
『そして、我はパパだ』
『『パパ!』』
『……いいものだな』
しかし心の底から嬉しそうな、幸せを噛みしめる言葉が聞こえて、恥ずかしさよりも喜びが勝った。
体を寄せあっている姿は、全員の種族がバラバラであるのにもかかわらず、家族だと分かるぐらい幸せに満ち溢れていた。
まさか家族が、番ができるなんてと、有声は自分のことながら凄いと思った。
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