第48話 甘い雰囲気?


「んー!」


 突然のキスに、有声は驚いてしばらく動けなかった。しかし、ずっと固まってもいられない。離せと抗議するため、強くルビの体を叩いた。叩くどころではなく、殴るレベルだ。

 息継ぎもできないほどの激しさに、有声は口の中がいっぱいになって、どんどん思考が溶けていった。

 人生で一度も経験したことがないキスに、酸素をどうやって取り込めばいいか分からない。酸欠で殺す気なのかと、ルビに疑いをかけたぐらいだ。

 何故キスをする流れになった。考えても答えは出ない。


 満足したルビがようやく口を離した頃には、有声は先ほどより酷い姿になっていた。

 呼吸が荒く顔を真っ赤にさせて、酸素を求めてだらしなく口を開けている。どちらのものか分からない唾液が、頬をつたった。

 そこにプラスして潤んだ瞳で見上げるので、わざとやっているのではないかとルビは思った。


『……誘っているのか?』

「ばっ、か」

『なんだ、違うのか』


 何を言っているのだと睨んでいるが、全く力が込められていない。ルビの体に添えられている手がすがっているようで、これで誘っていないのならとんでもない天然である。

 やはり、番の契約を早めに結んだのは間違いではなかったのだと、ルビは再確認した。

 これは危険な存在。本人に自覚がないからなおさらだった。


『人間の容姿の善し悪しなど知らない。よくおっさんだと言うが、お主はまだまだひよっこだ。ほとんど子供に近い年齢のくせに、そのようなことを言っても、我のような長寿種族はおっさんだと思うわけない』

「そ、かもしれないけど、気持ちの問題、というか……」


 段々と落ち着いた有声は、ガードを強化した。先ほどは油断したから腕を外してしまったが、もうそんなことはさせない。

 あんな段階を飛ばしたキスを、何度もされたら死ぬ。素人にはレベルが高すぎると、断固拒絶の体勢だった。


『好ましいと思う理由は様々だ。こうだという明確な基準は無い。もしかしたら、容姿で選んでいる者もいるかもしれない。しかし我は、番にする相手のどこを重要視するか。それは心だ』

「心が大事だとしたら、なおさらあの段階では分からなかったはずだよ。会話だってほとんどしなかったのに、俺の何が分かったって言うんだ」

『人間とは違う見方があるからな。言葉では上手く説明しづらい。魂の形と言えばいいのか。お主の持っているものの素晴らしさに惹かれた。それでは駄目か?』

「駄目じゃない、のかな? それはつまり、俺自身を見てくれたってこと? それなら、外見は全く関係ない?」

『いや。我はユーセイの全てが好ましいから、容姿は全く関係なくはないな。可愛いと何度も言っているだろう』


 可愛いと言われ慣れていないから、どうその言葉を受け入れていいか分からなかった。

 さすがに今すぐ、それを褒め言葉に分類できない。


「なんか、上手く丸め込まれているような……怒ってもいいはずなのに、怒れないところに持っていかれている。騙されている気分だな」

『騙すなんてとんでもない。我は、お主に愛想をつかされないように必死なだけ。お主を手放さないためならば、いくらだって愛を捧げる』

「あっ!? だから、それがおかしいというか。慣れないというか。……実は中身が違うってことはない?」


 ルビもまた開き直っていて、それに翻弄されている有声は、悔しさから軽口を叩いた。どこに地雷があるか考えもせず。


『中身が違ったとしても、こうして口説かれるのか? それを我が許すとでも?』


 --ああ、これは面倒なスイッチを入れてしまった。

 怒りのオーラをまとわせたルビに、有声はすぐにそう思ったが手遅れだった。


『話し合いは確かに必要だ。遠慮をしなくていいようだしな。違うと勘違いされないように、我の存在を刻みつけるべきか』

「あ、いや。分かっているから。今のは冗談みたいなものだから。ルビはルビだと疑っていないけど、あまりの変わりように言葉が出ただけだから。許してくれ。あんなのはもう無理。次は死ぬって」

『もう遅い』


 焦って言葉を重ねた有声は、なんとかルビの機嫌を直そうとした。

 ルビも本気で怒っていたわけではなかったが、有声に触れられる理由を逃すほど清らかではない。

 むしろ、これを好機と再び顔を近づける。


 --喰われる。

 頭からバリバリと食べられる想像をして、有声は目を閉じた。実際には食べられたわけではなく、ルビの気が済むまで存在を刻み込まれたのだが、有声からすれば同じようなことだった。


 家の前で待っていたオルとロスは、ルビが戻っていた気配をすぐに察知した。待ちくたびれていたので、飛びつこうとしたが直前で止まった。


『カカ、ねてるの?』

『ぐったり?』

『あそべない?』

『おきない?』


 ルビに抱えられた有声は、腕の中でぐったりと意識を失っている。オルとロスの声にも、全く反応しなかった。寂しくてルビに話しかけると、ルビはふっと笑う。


『少し疲れただけだから、今は休ませてやれ。明日には起きる。その時に遊んでやれ』『はーい』

『なかなおりできた?』

『ああ、仲良しだ』


 有声を見るルビの瞳の甘さに、オルとロスはもう大丈夫だと、顔を見合せて笑った。

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