第47話 分かち合う
「最初から? 会った時から惹かれてた?」
ルビの言葉を脳内で噛み締めるように理解していくと、有声の顔は比例して赤く染まっていった。
「そ、そんな。俺なんて、ただのおっさんで」
その事実は隠しておくつもりだったルビだが、あまりにも有声が自分を卑下する言葉を口にするので、仕方ないと白状する。
『人間だから取るに足りない存在だと思い、次に異なる世界の匂いがして興味が湧いたと、そう自分でも誤解していたが。……あれはきっと、一目惚れというものだった。そうでなければ、さっさと引き裂いていた』
「ここは、死ななくて良かったと喜ぶべきなのかな。かなり物騒な話だ」
話し合う余地もなく殺されていた可能性を聞かされて、さすがに笑い話にはできなかった。後先考えずに話しかけたのは無謀な行為で、運が味方してくれただけ。そう分かった有声は、安堵の息を吐く。
『……お主に黙っていたことがある。もう少し時期を置いてから話すつもりだったが、今がそのタイミングなのだろう』
この話をすれば、有声は怒るかもしれない。
そう覚悟しながら、ルビは罪悪感から小さな声で話し出す。
『会ってすぐに、契約を交わしただろう』
「ああ、うん。えっと、生涯の誓いで、寿命が500年ぐらい延びるものだって言ってたよな」
『この間、番の契約の話を聞いて、何か思うところはなかったか?』
無かったかと聞かれれば、有声はあったと答える。それを今話題に出すということは、有声はこの話がどう発展していくのか予想する。
「俺とルビの契約の種類って、まさか……」
『……ああ、番の契約だ』
叱られるのを覚悟しているとばかりに、ルビは目を強くつむって言った。叱られるだけではなく、殴られても仕方の無いことをしたと自覚している。
しかし、後悔や反省はしていない。あの時に戻れたとしても、何度だって同じ選択をする。有声の意にそぐわなくても。それに関しては、どこか開き直っていた。
「そんなことをした理由を聞いてもいい? 一目惚れしたって言っても、番の契約を交わすのは、あまりにも早いよな。それにドラゴンって……」
番は生涯変わらないと、そう本人がこの前言っていた。もし自分とその契約を結んだとすれば、ルビの番は有声ただ一人ということになる。
『ああ、我の番はお主だけ。お主を番にしたかったからした』
「そ、そんな簡単に決めていいものじゃないだろ。もっとちゃんと時間をかけて、相性とか確認して、お互いの同意を得て交わすものだよな」
『……完全に我の独断だ。確かに、あの時しなくてはいけないほど、切羽詰まった状況ではなかった。いや、焦っていたのかもしれないな。お主の魅力に他の誰かが気づく前に、我のものだという証が欲しかった。お主に同意を得ようとすれば、拒否されるのは目に見えていた。だから何も知らないうちに、契約を交わしたのだ』
「考えすぎだよ。そんなに焦るほど、俺に魅力は無いって。ルビ、ちゃんと俺の顔見えてる?」
過大評価しすぎではないか。べた褒めされすぎて、有声はいたたまれなかった。
しかし、ルビはそんな有声の頬をべろりと舐めた。大きな舌に舐められて、濡れた頬を手で触れる。
『しっかりと見えている。我を見る可愛らしい顔も、潤んだ瞳も……柔らかい唇は隠れているがな』
「へ、変態臭い」
『事実だ。ここを許すのは我だけにしてくれ。その感触を知っているのは、我だけでいい』
「なんか、開き直ってない? 相談もなしに番の契約を結んだ件は、まだ終わってないからな」
ルビが変態みたいな言葉を言い始めたので、釘を刺すために有声は契約の件を持ち出した。そうすれば、ルビがしゅんと落ち込む。
あまりに落差が激しいので、自分から蒸し返したのに有声は慌てた。
「いや。でもまあ、結局番になりたいって思ったわけだし。手間が省けて良かったのかな……?」
話しながら、それでいいのかと思う。結果オーライにはなったが、これで有声の気持ちがルビに向けられなかったら大惨事だった。その場合、ルビは何をしたところで責任は取れなかった。
『問題ない。そうなるように仕向けるつもりだった。我に惚れないなど、ありえない』
「それ、聞きようによっては随分とナルシストな発言だから。物凄い自信。……確かに惚れたけどさ」
『ぐっ!』
素直になった有声の破壊力に、ルビは心臓にダメージを受けた。人間だったら、胸を抑えて悶えていたところだろう。
有声の方は、もう素直になってしまえという感じになっていた。ルビも自分のことが好きなら、気持ちを隠す理由は無い。むしろすれ違わないように、全てをさらけ出した方がいい。そういう思考で、素直に言葉を口にしていた。
まさか、こんなに可愛いことをしてくると思っておらず、構えていなかったルビはリミッターが外れた。
『ユーセイ』
「なに、ルビっ!?」
口を隠していた腕が、いつの間にか外されていた。そして気づいた時には、有声のすぐ目の前にルビの顔があり、深いキスをしているのだと分かった。
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