第46話 告白


 有声が泣いている。

 それが自身のせいだと分かったからこそ、ルビは目の前が真っ赤になった。

 衝動のままに有声を鼻先で転がし、仰向けになったお腹の辺りを押さえた。一歩間違えれば潰しかねない。

 有声は恐怖を感じてもおかしくなかったが、ルビを信頼していたので、それに関しては何も言わなかった。

 ただ、ルビの反応が怖かった。腕で顔を隠す有声。ひっくひっくと嗚咽をこぼすたびに、その肩が震えている。

 それがルビの怒りを、さらに強くさせた。


『ユーセイ、我を見ろ』


 圧を出し、自分を世界に入れろと命令する。その姿からは考えられないが、実はかなり焦っていた。しかし表情には出さないので、威圧感しか伝わらないような状態である。


「それは、いやだ」


 有声は、首を横に振って拒否した。とにかく顔を見せたくなかった。


『見せろと言っている』


 ぐわっと吠えかけたルビは、そこでピタリと止まる。

 有声に対して怒っていない。それなのに怒鳴れば、有声はさらに殻の中に閉じこもってしまう。

 冷静になれと自分に言い聞かせ、出来る限り落ち着き、優しく声をかけた。


『ユーセイ、頼む。顔を見て話したい。それとも、我の顔をもう見たくないか?』


 このやり方は、有声にとって効果は抜群だった。悲しそうな声で、そんなことを言われてしまったら、違うと否定したくなる。

 そもそも見せたくないと思っていたルビから、見せてくれと頼まれているのに隠す必要はない気がしてきた。


『ユーセイ、お願いだ』


 その言葉で駄目だった。

 有声は腕をどかして、真っ赤になった目でルビを見上げる。まだ涙が滲んでいて、ずびっと鼻も鳴る。

 ぐちゃぐちゃという恥ずかしさで、ルビに見られるのが嫌で隠したくなる。しかし、駄目だと言われている気がして、腕を動かせなかった。

 そんな有声の顔を見て、ルビは湧き上がる衝動に必死に耐えていた。顔を舐めまわして、涙もそれ以外も全て自分のものにしたい。慰めるためと言えば、許される気がした。実際はありえないのだが。だから我慢する。


「あ、んまり、見ないでほしい」

『何故だ? 可愛い』

「か!? な、なな、何言ってるんだよ」

『本心だ。ユーセイ。お主の全てを、我は可愛いと思っている』

「う、うそ」

『嘘ではない』

「……それじゃあ、同情してる。俺が好きって言ったから、可哀想だと思って宥めようとしているんだ」


 素直に可愛いという言葉を受け止められなくて、有声は嘘だ嘘だと首を横に振る。その顔も可愛いと思ったが、信じないのも癪に障る。

 ムッとした表情を浮かべると、どうすれば信じるのか考えた。そして、手っ取り早い行動を思いつく。

 ちゅ、と軽い音が鳴った--ように有声の耳は錯覚した。それよりも先に、視界や触れたもので分かっていたはずなのに、彼にとっては音が大きな割合を占めた。


「へ?」

『可愛いと思っているから、ずっとしたかった』


 また、音が鳴る。

 有声は口に触れたのが、ルビの口だと理解しているのに、自分のことではないような心地になっていた。第三者として遠くから眺めているみたいで、ただただ間の抜けた顔をしていた。

 家の中にいたので、ルビの体は縮んでいた。そのおかげで、本来の大きさよりも楽にキスをすることができた。


「え、えっと」

『まだ同情だと勘違いしているのか? それなら分かるまで何度でも』

「わ、分かったからっ」


 何度でもキスをすると宣言されては、さすがに他人事のままにしていられなかった。一気に現実と向き合い、有声は口を手で隠しながら叫ぶ。


『なんだ。分からなくても良かったのに。残念だ』

「ひっ」


 ルビがおかしい。ドロドロと煮詰めた砂糖みたいな甘さを一身に受け、有声は意識を飛ばして逃げたくなる。体は逃げられないから、意識だけでもという気持ちだった。

 しかしそれ予想していたかのごとく、ルビは先回りして阻止した。


『もしも今寝たら、後は好き放題していいと許可したのだと受け取るからな』

「ひっ。ね、寝ないよ。寝ないから話をしよう」

『我は別にどちらでも良かったのだがな。まあ、話がしたいと言うのなら話をするか』


 キスから抜け出せて、ほっと胸を撫で下ろしかけた有声だったが、まだ何もピンチから抜け出せていないと思い直す。


「あ、の。好きって言ったのは、思わず本音が零れたんだ」


 この際だから、全てぶちまけてしまえ。どこかやけくそ気味に、有声は事実を話す。


「ルビを見たら、好きだなって。自然と言葉が出た。この気持ちは……ルビにとって、迷惑じゃない?」


 キスをされたこともあり、ルビも自分に対して少なからず好意を抱いていると、有声は期待していた。疑問形をとっているが、勝率は高いとずるい考えも持っていた。

 しかし、不安が全く無かったわけではない。手が震えているのを、ルビは目ざとく気づく。


『迷惑なら、最初から一緒にいない。出会った時から、すでにお主に惹かれていたのだ。迷惑なわけが無い。むしろ、ようやくといった感じだ』


 そしてそう言いながら、有声の手の上にまたキスをした。

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