第43話 別れの時間


「今度は僕達の家に遊びにおいで。狭いけど、居心地がいいように保っているから。オル君もロス君もね。美味しいお菓子、いっぱい用意しておくよ」

『わーい、ありがとう!』

『ありがとう!』


 一緒に遊んだので、すっかりオルとロスは三郎に懐いた。そろそろ帰ろうかという頃になり、もっと遊びたいと泣いたぐらいだ。それを三郎は、デレデレとしながら全く困っていない様子で、困ったと言った。

 また遊ぶ約束をとりつけ、なんとか泣き止ませた。名残惜しくしながら、別れの挨拶をする。


「こちらの家にも、ぜひ遊びに来てください。実は、ルビが温泉をひいてくれたので、ゆっくりつかって日頃の疲れを癒すことが出来ますから」

「温泉! 素晴らしい! 入れる機会なんてそうそうないから、ゆっくり入ってみたかったんだ。社交辞令じゃないなら、ぜひ一度入らせてほしい!」


 三郎という名前を聞いて見当はついていたが、時間は違えど彼も日本に住んでいた。確率で言えば、凄い偶然である。

 そういうわけで、三郎も温泉に強い反応を示した。彼の家にも湯船はあるが、温泉となるとまた違ってくる。

 今から行きそうなぐらいの興奮具合に、傍で聞いていたミドリは自身の家にも温泉をひくべきかと本気で考えていた。ルビとは実力の差があるので、簡単には出来ないのも自覚している。しかし三郎が喜ぶなら、何でもしてみせる覚悟があった。


「それじゃあ、詳しい日程は後で決めましょう。通信魔法で連絡が取れるみたいですから。今日はお時間を割いてもらって、本当にありがとうございます。話が出来て良かったです」

「そんなの、こっちこそお礼を言いたいぐらいだよ。こんなにいい子な友人ができるなんて。いや、友人っていうより、もはや子供だね」

「子供だなんて、そんな。俺も随分といい歳ですし」

「そんなこと言ったら、僕なんて見た目はこうだけど、年齢で言ったらおじいちゃんだよ。こうして話せる相手がいなかったから、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

「もちろんです」


 自然と握手を交わし、2人は別れの挨拶をした。そして三郎はミドリの、有声はオルとロスを抱っこしてルビの背中に乗った。


「それじゃあ、また今度ねー」

「はい。帰ったら連絡しまーす」


 飛び立つ音にまぎれないために、大きな声を出したが、そうしなくても聞こえるようになっていたのでボリュームを下げた。姿が見えなくなるまで手を振ると、それぞれの家へと帰っていく。


 家に帰ると、三郎に無事に着いたと連絡を入れた。三郎の方も特に変わったことなく帰ったと聞き、長話になる前に通信を終わらせた。

 そしてオルとロスを風呂に入れ、食事をしてから寝かしつけ、寝たのを確認すると温泉に1人で入っていた。


「あー、極楽極楽」


 気疲れもあったのか、湯につかると自然と声が出る。腕を伸ばしてストレッチをしながら、ぼんやりと天井を眺めた。


「……まさかなあ」


 ポツリとこぼした言葉。有声は三郎のことを考えていた。正確には、三郎の情報から自分について考えていた。


「……違うよなあ」


 否定しているが、頭では違う答えを出していた。

 番になった三郎の延びた寿命。ミドリとのやり取り。関係。その間を流れる空気。三郎を見ている時の、ミドリの目。

 それら全てを、自分とルビに置き換えてみた。しっくりと来てしまったから、有声は悩んでいる。


「だって、番になったとは一言も無かったからなあ。ただ契約としか言ってなかったし。そんな大事なこと、言わないのはおかしい。普通は言うのが当たり前だよな」


 思い出すのは、初めて会った時のことだ。有声は、ルビに契約を交わしたのだと言われた。生涯をかけるもので、有声の寿命は500年ほど延びた。それは、三郎の状況とよく似ていた。ほとんど同じと言っても過言ではなかった。


「……いや、きっと俺とルビが交わした契約は、たまたま番のと似ていただけだ。うん、きっとそう。違いない」


 しかし有声は、同じではなく偶然似ている部分があっただけだと、そう結論を出す方へ流れた。番と考えてしまったら、これからどうルビと接すればいいのか分からなくなるからだ。


「……もし本当に番になっているなら、きちんと言ってくれれば、俺だって……言ったら、俺どうするだろう。……番を受け入れられるかな……分かんないや」


 いつの間にか体育座りをして、膝に頬をつける格好になっていた有声は、自身の気持ちを上手くまとめられない。


「そもそも、ルビは何考えてるか教えてくれないし。きちんと言葉にしてくれなきゃ、俺だってどうにも出来ないよ。エスパーじゃないから読み取れない。本当困る」


 はあっとため息を吐いた有声は、ぼんやりとお湯を緩慢な動きですくう。


「……家族ってことは、番とは違うのかな。いつかは可愛いお嫁さん見つけて、別々に生きることになるのかな」


 口にした途端、有声は胸が強く痛んだ。もう少しでその理由を自覚できたが、思い至る前にのぼせて意識を飛ばしてしまった。

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