第42話 考える時間
「ふわふわっ、いい匂いっ、可愛いっ」
「毎日ブラッシングしているので、ふわふわの中にさらさらもあります」
「最高。これが幸せってことだね」
『……おい、サブロー』
オルとロスを撫でて、三郎は恍惚の表情を浮かべていた。今にも溶けてしまいそうなほどで、近くで見ていたミドリは面白くないと機嫌を悪くする。
自分といる時だけ幸せを感じてほしいという、そんな嫉妬だった。しかし言えば子供だと笑われるので、口にしないように我慢した。
「ほら、ミドリも撫でてみなよ。凄い、可愛い。あー、ふわふわもいいな」
『……それなら、ふわふわな奴と一緒に住めばいい』
我慢は長く続かなかった。拗ねた声に、三郎が仕方ないとばかりに、オルとロスを撫でるのを止めた。渋々といった体をとっているが、その口元は緩んでいる。
「ミードリ」
『ふん』
「ほれほれ、ここがいいんだろう」
『っ、触るな』
こしょこしょと撫でる指に、怒りがとけそうになるが、こんな簡単に許したら駄目だというプライドで拒否する。そうミドリが考えているのも、三郎にはお見通しだった。素直じゃないと、慈しみを覚える。
「ふわふわも好きだけど、僕が一番好きなのは、ミドリだよ? 一緒に住みたいのも、そばにいるだけで幸せを感じるのもミドリだけ。それでも不服?」
触れながら、宥めるように言葉を紡げば、ミドリが隠していた顔を向ける。
『嘘じゃないか?』
「当然だよ。僕は番に嘘はつかないから」
『……それならいい』
頑なになろうとしていたが、許すのは早かった。そう思ったが、言えばまた逆戻りになるので、三郎は口にしなかった。
その代わり、ミドリの体に額をくっつける。
「愛してるよ」
『……俺だって、愛してる』
ミドリは顔を、三郎の頬に寄せた。
『ねー、カカ。前みえないよー』
『まっくらー、何してるのー?』
「うーんと、オルとロスには、まだ早いかなあ。ちょっと、俺とあっちで遊ぼうか」
番同士の甘々な空気に、子供には見せられないと両手で目を塞いだ有声は、出来る限り距離を置くために走った。興味を持たれて、質問されれば答えられる自信がなかった。
愛しているという言葉通り、寄り添いあっているミドリと三郎の姿をちらりと見て、その間に漂っている空気に羨ましさを少し感じた。それを気のせいだと、すぐに心の奥底においやった。
『あいつらは、いつもあんな感じだ。喧嘩まがいのことをしていたかと思えば、こちらの存在を忘れていちゃつき出す。まったく、見ていられない』
避難した先で、ルビがため息まじりに愚痴をこぼした。
「昔からの知り合いなの?」
『……勝手に懐かれて、勝手に自慢されていただけだ。我は別に仲良くしたつもりはない』
「腐れ縁っていう感じか」
まるで嫌な縁とばかりに言っているが、有声に会わせるぐらいは信用している。ただ、仲が良いと認めれば調子に乗るため、知り合いにとどめていた。
『あの番が出来た時も騒がしかったな』
「周りから反対されたの?」
『いや、番は種族も性別も年齢も関係ない。同じ種族の方が関わりも多いから、番になりやすいというのもあるが、そうでなかったとしても止められることはほぼ無い。本能的な衝動だからな。それに龍やドラゴンは特にだ』
「どういうこと?」
ルビは有声をちらりと見た。その視線に込められた意味を、彼は読み取れなかったが、ぞくりとした寒気を感じた。
『他の種族、人間もそうだが、番になっても別れることがあるだろう。そして、また違う者と番になる。しかし龍やドラゴンは、生涯番を変えない。執着が強いからだ。だから同じ時を過ごせるように、寿命も合わせられる』
「そうか。三郎さんは、生涯の番ってことか。凄いなあ。ずっと一緒にいるって、覚悟したわけだよね」
『……お主は本当に分かっていないのか? それとも気づいていて、知らないふりをしているのか。お主だって生涯の誓いを交わして、我と同じ寿命になったではないか』
「え?」
『なんでもない。どうだ、会ってみて。少しは気分転換になったか?』
ルビはいきなり話題を変えた。自分に関して含みのある事実を言われたのは気づいているが、有声は話を戻そうとしなかった。
「う、ん。三郎さんは年上で、この世界歴も長い。それに、とてもいい人だから、悩みを相談しやすいと思う。だから、今回会えて良かったかな」
『そうか。こうして会うのは頻繁に出来なくても、向こうが了承すれば通信魔法で連絡が取れる。お主が望むなら頼むが、どうする?』
「ルビが大変じゃないなら、連絡が取れると嬉しいな。でも本当にいいの? 平気?」
様子のおかしいルビに、有声は平気か尋ねた。
『ああ、頼むぐらいなんてことない』
その質問が別のことについて聞いていると、分かっていてあえて違う答えを口にした。そして有声が訂正する前に、ミドリの元へ行ってしまう。
「……俺が迷惑をかけているのかな……」
『カカ?』
『だいじょうぶ?』
「うん。なんでもないよ」
オルとロスの前で落ち込んだ顔を見せられないと、有声は明るくふるまった。
「うーん。なかなか拗らせているかも」
『どうし、いたっ! 何するんだ!』
『黙れ。さっさと、通信魔法を使うための座標を教えろ。こちらも暇じゃない』
「……これは、だいぶ時間がかかりそうだなあ」
三郎はこれからのことを考え、ため息を吐く。しかし自分が手を出すのは、最終手段だと決めた。
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