第41話 番になった理由
「殺す気もなくなったけど、いきなり出ていった僕はミドリの元に帰っていいか分からなくて、そこら辺をさ迷っていた」
「幸せになってやるって決めたけど、それにミドリを巻き込むのは違うかなって。僕の幸せが、ミドリの幸せだとは限らないかなって」
他に行くあてなどなかったが、それでも三郎は洞窟に戻ろうとはしなかった。ミドリは彼を放り出さなかったけど、受け入れたかというと微妙だった。
仕方なく面倒を見ているだけ。三郎は、ずっとそう感じていた。そのせいで足が遠のいたのだ。
「段々辺りが暗くなって、気力もない、歩くのも無理になって、その場に座り込んだ。どこにいるのか分からない。昔だったら、心配した家族が探しに来てくれたけど、もうそれもありえない。一人ぼっちな気がして、涙が止まらなかった」
遠くを眺めながら、三郎は当時を思い出す。
暗くて、寂しくて、疲れて、孤独だった。幸せになろうと決めたばかりだったのに、すでにくじけかけていた。
「そこにね、ミドリが現れたんだ」
三郎の口が、自然とほころぶ。
「目の前におりてきて、まっさきになんて言ったと思う?」
「心配する言葉、ですか?」
「ううん。それがね、ぶっきらぼうに『帰るぞ』って一言だけ。これだと冷たく聞こえるかもしれないけど、ミドリを見てすぐに分かった」
どれだけ心配して、必死に探して、そしてそれを見せないようにしているか。
三郎は分かったけど、指摘しなかった。ただ、ミドリに手を伸ばした。
「ミドリと一緒に住んでいた場所が、帰ってもいい場所なんだって。そこからかな、ミドリをそういう意味で意識するようになったのは」
遠くでこっそりと2人の会話を聞いていたミドリが、話に驚いている気配を三郎は感じていた。この話をしたのは初めてだったので、まさかそんなに早い段階から気持ちが傾いていたのかと、ミドリは驚いていた。
そこから番になるまで数年の月日が経過していたので、三郎が恋したのはその辺りの頃だったと決めつけていたのだ。
三郎はわざと秘密にしていたわけではなく、ただタイミングがなかっただけだった。その時からすでに小さな好意を抱かれていたと知ったミドリは、驚きから抜け出し歓喜に包み込まれた。
この喜びを世界中に知らせたい。大きな声で叫び回りたい。
しかし盗み聞きをした立場なので、実行は出来なかった。
「そうですか。……番になるのに、葛藤とかはありませんでしたか? 種族の違いとか。……あれ、ちょっと待ってください。先ほど、寿命があと何百年もあるって言っていましたよね。え、どういうことです?」
本来であれば、その時に追求すべき言葉だったが、混乱していた有声は聞き逃してしまっていた。質問をしている途中で、ふと気が付き問いただした。
「そのことは、もう知っているのかと思った。だから、聞き流したんじゃなかったんだね。番になると、その相手と同じ寿命になるから、僕はミドリに合わせて延びたんだ。60歳のおじいちゃんでも、龍から見ればまだまだ子供に分類されるってわけ」
「そういうことでしたか。この世界の平均的な寿命が、それほど長いのかと思って驚きました」
「違う違う。人間の平均的な寿命は、大体前の世界と同じぐらいだよ。ああ、有声君の頃はどうだった?」
「日本人は80歳をこえていました」
「わあ、随分と延びたんだね。それなら、こっちの方が短いぐらいか。まあでも、何百年と延びたりはしないよ、普通は」
「……良かった」
とても小さな呟きだったが、ルビの耳は拾った。そして、良かったとは一体どういう意味で言ったのかと悶々とする。しかしミドリの時同様、盗み聞きをしている立場なので、確かめることはできなかった。
『……あんたも苦労しているな』
『ああ、振り回されっぱなしだ』
いつもであれば、知ったような口を聞くなと切り捨てるが、苦労を分かってくれる相手につい本音がこぼれた。
「番になることに葛藤かあ。全くなかったと言えば、嘘になるかな。今話した寿命が延びることとか、種族が違うっていうのももちろん、僕は別の世界から来たとはいえ一般人だったから、いつかミドリに飽きられるんじゃないかって不安もあった」
それはありえないと叫ぼうとしたミドリの頭を、ルビが尾で殴る。口を塞ぐ目的で軽くやったので、有声は気づかなかった。
「僕なんかより、同じ龍で可愛いお嫁さんを娶った方が、ミドリも幸せなはず。そう考えたことだって何度もあった。でも最終的に、一つの結論を出したんだ」
「どういったものですか?」
「ミドリのことを一番好きなのは僕で、僕はミドリ番になれば幸せになれる。ここまで惚れさせたんだから、きっちり責任をとってもらおうってね」
「……三郎さんらしいですね」
「でしょ? 悩みを吹っ切ったから、その後すぐに番になった。そう決めたことに、後悔してないよ。これからもしない。僕はね、今とても幸せなんだ」
「幸せ、ですか」
ルビは一転して、嬉しそうに顔を緩ませているミドリの頭を、今度は手加減なく殴りたい気分だった。のろけはごめんだと遠くを眺めていたせいで、有声の表情が変化していくのを見ていなかった。
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