第40話 同じ境遇とは


「結局のところ、三郎さんは若く姿を変えているってことですか?」


 三郎が言ったように、話がそれて進まないので、有声が結論を出した。


「それもあるし、半分は別の理由もあるかな。僕の寿命はあと何百年も残っていて、今はミドリの年齢に合わせた姿にしているんだ。こう見えて、ミドリはまだまだ若造だから、同じぐらいに見えた方がいいかなって」

『若造と言うな』

「でも本当のことだろ」

『ぐぬっ』


 三郎の言葉通りなら、ミドリはまだ10歳ぐらいということになる。否定していないので、実際にその通りなのだ。


「……えっと、デリカシーのない質問かもしれませんが、三郎さんとミドリさんって……」

「うん。番だよ」

「あ、そうなんですね」


 簡単に認められ、有声は拍子抜けする。どういったものがプライベートに踏み込む質問か知らず、聞かれたくない内容なのではないかと心配していた。

 しかし、三郎はあっけらかんとしている。


「番というのは、どういった関係なのでしょうか?」


 意味として夫婦と同じだとしても、詳しい関係性を有声は把握していなかった。

 そんな彼の反応に、姿を少年に戻した三郎は首を傾げる。


「あれ? でも有声君、むぐっ!?」


 何かを言おうとした口を、ミドリが尾を器用に巻き付けて塞いだ。三郎はむぐむぐとこもった声で抗議しているが、ミドリは離さない。


『そういうのは野暮というものだ。あまりつつくと……ドラゴンが火をふくぞ』


 その忠告で、三郎も何かに気がつく。


「あの、今何を言いかけて」

「ううん、なんでもないよ。いやあ、歳をとると余計なお節介ばかりするから駄目だよね」


 有声が言葉の続きを聞こうとしたが、三郎は誤魔化した。


『というわけで、これに悪気はなかった。もう分かったから、同じ過ちは繰り返さない。だから許してくれ』

『……次は無い』


 ルビとミドリの間でも、何やら意味深な会話がなされる。おいてけぼりにされた有声は、同じく状況の分かっていないオルとロスに、癒しを求めて頬ずりした。

 きゃっきゃとはしゃぐ姿を見て、ルビは有声に気づかれないように出していた殺気を消した。



「あの、番になった経緯を教えてもらえますか? いつ、どういったタイミングだったのかとか」


 2人きりで話をさせてほしいと、有声は三郎を連れて少し離れた場所に移動した。何も無い草原なので、姿は見える位置である。

 声は聞こえないだろうと安心しているが、人よりも優れた聴覚をそれぞれ持っているので筒抜けだった。それを彼以外は知っていて、あえて指摘しなかった。


「そうだな……最初は全然そんなつもりなかったよ。僕が子供だったのもあるし、ミドリのことは……保護者というか、助けてくれた相手ぐらいにしか思ってなかった」

「その気持ちが、いつ変わったんですか?」

「うーん。番になったのは大人になってからだったけど、気持ちが変わったきっかけは、もっと前だったな。……前の世界には、もう二度と戻れないって認めるしか無かった日だから、よく覚えている」


 召喚された当時は、戻れないと言われても本当の意味で理解していなかった。いつかは家族の元に戻れると、どこかで期待していた。

 しかし世界のことを勉強するうちに、戻るすべがないという事実を突きつけられた。

 三郎は絶望し、召喚した人々に怒り、抑えきれない衝動のままに、ミドリとともに住んでいた洞窟を飛び出した。


「召喚した人を殺してやる、それしか考えられなかった」


 勝手に喚びだしたくせに失敗したと放り出され、家に返してもらえなかった。

 その原因となった召喚士を殺してやると、鋭く研いだナイフを握りしめて走った。


「……それで、どうなったんですか?」


 同じ境遇だったからこそ、その気持ちは分かった。有声は大人だったからまだしも、三郎は子供だったのだ。そうなると絶望も大きかっただろうと、自分のことのように胸が痛んだ。

 まさか目的を達成したのか。そんな心配が有声の顔に出ていた。


「……殺してやろうって、本気で思っていたんだけどね。結局出来なかった。情報を前から集めていたおかげで、家まで簡単に辿りついた。でも扉をノックした瞬間に、声が聞こえたんだ」

「声?」

「僕と同じぐらいの子供の声。パパって呼んで、楽しそうだった。それを聞いたら、出来なくなっちゃったんだ」

「逆に恨んだりはしなかったんですね」


 自分より幸せになっているのは許せないと、怒りを大きくさせても不思議ではない。おかしくない感情だ。


「うん。殺したところで元の世界には戻れない。無意味な行動だ。それなら、みんなが羨ましくなるぐらい幸せになってやるって考えたんだ。僕がこの世界に来たのは間違いじゃなかったって、証明してやろうと思った」


 --ただの自己満足だけどね。

 三郎はそう言って笑ったが、有声はそう考えた彼が凄いと思った。もしも自分がその状況になったら、思いとどまれるか自信がなかった。

 きっと苦しんだだろうに、笑って話せる三郎が有声の目には眩しく映った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る