第39話 三郎の正体


「…………えっ!?」


意味を脳内で処理した有声は、今日一番の大きな声を出した。

その叫びに反応して、彼の腕に隠れていたオルとロスが顔をあげる。


『カカ、どうしたの?』

『カカ、だいじょうぶ?』

「大丈夫だよ。大きな声を出して驚かせちゃったな。ごめん」

『だいじょうぶなら、いいよ』

『いいよー』

「ありがとう。お話が終わったら、いっぱい遊ぼうな」

『『うん!』』


その存在に気づいていたが、知らないふりをしていた三郎は、オルとロスの顔を見た瞬間に興奮しながら近づいてこようとした。あまりの可愛さともふもふ具合に、愛でたくなったのだ。

しかし、龍が首の辺りに爪を引っ掛けて止める。


「な、なにするのっ」

『初対面だから止めておけ。怖がられる。そうすれば触らせてもらえなくなるぞ』

「う。それは困る」

『もう少し仲を深めてから、その時に頼めばいい』

「はーい」


初めは三郎の方がしっかりしているように思えたが、やりとりを見ているうちに三郎もなかなかアグレッシブな性格をしていると分かった。


「そ、それより、どういうことか教えてください」


関係性よりも先に、説明してもらいたいことがある。有声は間に入るようにして質問した。


「……えっと。つまり、三郎さんはすでに60歳をこえているってことですか? 俺を担いでいるわけでなく?」

「本当だよ。さすがに、こんな嘘つかないって」


草原に向かい合って座り、三郎の説明を聞いた。

三郎は今から50年以上前に、10歳にも満たない年齢なのにも関わらず、ある国に召喚された。

その国で欲していたのは聖女だった。子供で男の三郎は、召喚失敗と決めつけられ、何も教えてもらえないままに施設に送られた。

放り出されなかったとしても、勝手に召喚したのに無責任な行動だった。違う世界から来たということで、三郎はどこか距離を置かれていた。暴力を振るわれたりはせず、良くしてくれた方だったかもしれないが、まだ幼いのに家族から突然引き剥がされた三郎にはなんの慰めにもならなかった。

帰りたい、親に会いたい、友達に会いたい。どんなに願っても、泣いて叫んでも、どうすることも出来ない。それは無理だと言われて、三郎は衝動のままに施設を抜け出した。

その時出会ったのが、龍のミドリだと言う。


「まだ小さかったから、全然怖いとは思わなかったんだよね。むしろ漫画とかで見たことのある龍だって、泣くのを忘れて興奮したぐらい」

『たまたま休憩した場所で、うるさい子供が現れた。面倒に巻き込まれる前に逃げようとしたら、飛びついてまで止めてきたからな。あの時は、本気で振り払おうかと思ったぐらいだ』

「そんなこと言って。泣いていたのに気づいたら、オロオロとしていたくせに。それに、本当に嫌だったら、僕を連れて家に帰りはしなかったでしょ」

『何をしても離そうとしなかったからだろ!』


当時のことを思い出しながら、漫才のようなやり取りをしている。あまりにも自然で、有声はまるで夫婦みたいだと思った。すぐに違うと取り消したが。


「それからミドリのところでお世話になって、森の中でポーション作りをしながらのんびりと暮らしている。あまり人と関わらない生活をしているから、こうして会いたいと言われて嬉しい。張り切りすぎて、警戒されちゃったのは予想外だったけど」


苦笑する三郎と、ミドリが一緒にいる理由は分かったが、肝心なことはまだ答えていない。


「あの、どうして見た目が変わってないんですか?」


答えづらいデリケートな話なのかと、質問するのを止めようか迷っていた有声だったが、好奇心には勝てなかった。同じ人間なのに、歳を取らない理由を聞かなければ帰れない。もしかしたら自分にも関係してくる話かもしれないから、余計に気になっていた。


「ごめんごめん、すぐ話を脱線させちゃうのが悪い癖で。話をするのが楽しくて、つい。僕が歳を取らなくなったのは、ちゃんとしたっkかけがある。まあ、でも変えようと思えば、変えられるんだけどね」


そう言って、三郎は指を鳴らす。モワモワとした煙幕が体を包み、それが晴れると少年の姿は消えていた。


「うわ、この姿久しぶりだから、体の節々が痛い。やっぱり子供姿の方が楽だね。あー、色々不具合が」


落ち着いた低い声で、子供らしい言葉を使うせいで、また別の違和感があった。

現れたのは、老人と言われるぐらいの男性だった。顔の周りを髭が覆っていて、深いしわが刻み込まれている。

しわの中に埋もれた瞳の輝きに、先ほどまでの三郎の面影を感じさせられた。


『それが年相応の姿だ。いつも若作りしすぎなんだ』

「なんだよ。若い頃の方が好きって言ったのは、ミドリのくせに」

『出会った頃を思い出して懐かしいと言っただけで、どんな姿だろうと等しく好きだ』

「え、そうなの? それならそうと早く言ってよ」


ミドリと三郎の間に漂っている空気は、友情というよりも深い仲であるように有声には感じられた。

どこか甘い。自身とルビのことは棚に上げて、その甘さに胸焼けを起こした。


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