第38話 登場
安全な場所だとルビが太鼓判を押したため、オルとロスは草原を自由に駆けていた。それをルビの近くで眺めながら、有声は相手が来るのを待った。
--その時、一陣の風が吹く。
倒れそうなほどの風圧に、有声は踏ん張って耐えようとしていると、ルビの尾が巻きついて安定させた。オルとロスも慌てて戻ってきたので、有声は腕を広げて抱きしめた。
「あ、ありがとう」
『うむ。……まったく、大げさな奴だ』
風の吹く方向を見据えながら、ルビはまたため息を吐いた。有声も見ようとするが、強風のせいで無理だった。
風はどんどん強くなり、ルビの尾も苦しくないぐらいに巻き付く。目も開けていられないほどだった。
唐突に風が止む。そして、彼らの目の前にそれはいた。
「……りゅう?」
姿を視界に入れた有声は、合っているのか自信がなくて小さな声で言った。
彼が言った通り、現れたのは龍に酷似していた。ルビのようなドラゴンとはまた違い、全体的にフォルムが細長い。中国の神話に出てくる架空の生物、龍。
全長は10メートル近くあり、角、つり上がった目、大きな口から覗く牙、鋭い爪は強者の雰囲気をまとっていた。
体全体を濃い緑色のうろこが覆い、太陽の光に反射して輝いている。
黄金色の瞳が彼らを、特に有声を強く見た。威嚇されていると感じた彼は、ルビの後ろに逃げる。
「は、早く、ここから逃げた方がいいんじゃないか?」
ルビは強いが、龍の戦闘力は不明だった。オルとロスもいるので、怪我をしないうちに逃げるべきだと、ルビの背中に乗ろうとした。
しかし、肝心のルビが動こうとしない。
「る、ルビっ」
『案ずるな、ユーセイ。あれが待ち合わせ相手だ』
「へ?」
有声はルビの影から、再び龍を見た。完全に龍。人には見えない。あれが自身と同じ境遇なのかと、困惑して脳が処理しようとしなかった。
「え。でも、あれ龍じゃ……」
「あー、もう。早くおろして!」
訳が分からないと、とりあえず分かっている事実を口にした時、少年のような声がどこからか聞こえてきた。声がした方には龍がいるが、声の主ではないと有声は何故か分かった。
「ほら、戸惑っているでしょ。いいところ見せようと張り切りすぎ。結局、時間にも遅れているし。早く行こうって言ったのに、身だしなみばかり気にしてるから」
『す、すまん』
「謝るのは、僕にじゃないでしょ!」
龍の背中から、少年がひらりと飛び降りて説教を始めた。威圧感を出していた龍は、途端に肩を落として弱々しくなる。あまりの変わりように、有声は現実のことかと目を疑ったぐらいだ。
「ごめんね。驚かせちゃったでしょ。大げさなのは止めろって言ったんだけど、聞くタイプじゃなくて」
「あ、えっと、大丈夫です」
いきなり話しかけられた有声は、圧倒されながらもなんとか答えた。
龍の背中から降りてきた少年は、魔法使いのようなローブを身にまとっていた。年齢は10歳ぐらいで、肩の辺りまで伸びている茶色の髪、前髪も眉上でそろえていて、そこから覗くくりくりとした目が可愛らしかった。
やんちゃな雰囲気だが、龍を説教する姿は大人びている。年齢よりも精神年齢が高そうだ。
どこか自身よりも大人な気がして、自然と有声の背筋が伸びた。その姿を見て、少年はくすっと笑う。
「こんにちは、君が有声君だよね?僕の名前は、三郎。よろしく」
「有声です。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。リラックスリラックス」
「あ、はい」
リラックスと言われたが、有声の緊張はほぐれなかった。三郎と名乗る少年に、得体の知れないものを感じ警戒していた。
「あらま。警戒されちゃった」
『サブローがうさんくさいからだな』
「なにおう」
有声の中で、上手く説明できない違和感があった。どこかちぐはぐで、そのせいですわりが悪い。三郎のせいだが、理由をはっきり言葉にするのは難しかった。
「ごめんごめん。反応が新鮮で、つい遊んじゃった。僕のことを知らない相手なんて久しぶりだったから、凄く新鮮で。有声君が変だなって感じている原因は僕。僕が何歳に見える? 遠慮とか含み無しに第一印象で」
「年齢ですか。えっと、10歳ぐらいですかね」
唐突な質問だったが、有声は感じた通りに答えた。答えを聞いた三郎は、嬉しそうに隣の龍を叩いた。
「聞いた? やっぱり知らない人なら、僕のこと10歳ぐらいに見えるって。これって、まだまだ現役ってことでしょ。僕も隅に置けないね」
『いたっ、こいつが素直なだけだ。10歳なんて詐欺。いたたっ』
加減のない力に、痛がりながらも龍は反撃しない。好きにさせている。力で言えば龍の方が強いのに、どうやら尻に敷かれているらしい。気安い関係に驚きつつ、有声は首を傾げた。
「あ、ごめん。つい周りを見ずの、おいてけぼりにしちゃった。えっと、話を戻すね。有声君は素直でいい子だから、僕が10歳ぐらいに見えたようだけど、実際はそこにプラス50歳するほどの年齢なんだ」
三郎はいたずらっぽく笑いながらも、なんてことのないように言った。
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