第37話 そわそわ


「えーっと、その人は同じ国どころか、同じ世界から来たのかは分からないってこと?」

『ああ。別の世界から召喚されたのは同じだが、世界は1つではない』

「それもそうか。召喚できる世界が1つじゃないから、他のところからも喚ばれた人がいたってわけね。勝手に同じ世界だと決めつけていた俺が悪いな」

『世界は別でも、境遇が似ていれば相談もしやすいだろう』

「まあ別の世界だとしても、聞いてみたいことはいくつかあるし、場をセッティングしてもらって助かった」


 あれから、ルビはどこかへと手紙を送った。鳩のような見た目をした鳥を作り、それを飛ばしたのだ。そして数日も経たないうちに、相手から返事があった。いつでも歓迎する、手紙にはそう書かれていたとルビは話した。

 人と会話をするのは久しぶりなので、有声はどこか落ち着きがなかった。忙しなく動き回り、しなくてもいいものを移動させたりと余計な行動をしている。

 その周りを、オルとロスがうろちょろと走っていたが、邪魔にならないように気をつけていた。

 そんな気遣いも知らず、有声は後何日と心の中でカレンダーをめくる。しかし、完全に周囲には伝わっていた。


『トト、カカへん』

『ずっとへん』

『そうだな、我のせいだ。もう少ししたら直るだろうから、それまで我慢してくれ』

『はーい』

『……うー、はい』


 オルとロスは、有声がいつもよりぼんやりとしているから、甘やかしてくれないことに不満を覚えていた。自分達より大事なものがあるのかと、暴れて困らせたい衝動もあった。

 しかし、そんなことをすれば悲しませる。もしかしたら嫌われるかもしれないと、モヤモヤとした感情を抱えながら、ずっと我慢し続けた。

 それを知っているからこそ、ルビは有声が出来ない分構った。いつもより優しく対応した。しかし心を満たせないのは分かっていた。

 やはり提案するべきではなかったと、有声の様子を見て何度も後悔したが、彼が卑屈になるのも見ていられなかった。この出会いで、少しでも自信を持ってほしかったのだ。話をすれば、元に戻るだろう。

 オルやロスには伝わらないように隠しながら、ルビも不安を抱えていた。元に戻ってくれるかと、どこかで怯えていたが表には出さなかった。


 そんな不安が渦巻きながら、とうとうその日が来た。

 朝から有声は、早くに目が覚めてしまった。遠足前の子供みたいに、興奮を抑えきれなかったせいだ。そのまま早めに準備をすっかり済ませ、ずっとソワソワし続ける。

 あまりにそれが目に余って、ルビは声をかけた。


『約束の時間はまだだ。落ち着かないのも分かるが、怪我をすると危ないから座ってろ』

「あ、うん。ごめん」

『怒っているわけではない。何かあったら、話し合いが中止になる。それは嫌だろう』

「うん、分かった」


 たしなめられて、有声は大人しく座った。しょんぼりとしながら、しかしどこか落ち着きは無い。その膝に飛び乗って、オルとロスは頭をお腹辺りに押し付ける。


『カカ』

『うー、カカ』

「あー、ごめんね。心配かけちゃったか。お詫びに、いつもの倍撫でるから」

『『わーい!』』


 意識を他に飛ばしすぎていた罪悪感から、有声はわざとらしく大きな声を出して、普段よりも大げさに頭を撫でた。

 まだ子供のオルとロスはそれで騙されたが、ルビはまだ有声の意識が他にあると気づいていた。


 オルとロスを留守番させられないので、ルビの背中に乗って、みんなで待ち合わせ場所に向かっている。


「あ、手土産を用意すれば良かった。どうして忘れていたんだろう。あー、しくじった」

『気遣うのはいいことだが、今回は簡単な顔合わせだから平気だ。相手も気にしていない』

「それならいいけど……」


 ルビには平気だと言われたが、次から次へと不安が出てくる。しかし、すでに出発しているので手遅れだった。

 待ち合わせの場所は、周りに何も無いような草原だった。近くに村も国もないので、どうやって相手が来るのか有声は不思議だったが、ルビが心配するなと言ったから口出ししなかった。


『まだ来ていないようだな。時間にルーズな奴だから、少し待つかもな。直ったと思ったが、そうそう性根は変えられないか』


 まだ誰の姿もなく、降り立ったルビは深くため息を吐いた。


「どんな人か、会えば分かるって言ったから聞かなかったけど……怒りっぽいとか、変な人じゃないよな? オルやロスの教育に悪いのはちょっと……」


 約束の時間より遅れているという話を聞いて、有声は今さらながら会う人物について気になった。ルビの知り合いなので危険人物ではないとしても、一癖あるのではないか。

 草原を見た瞬間、走り回りたそうにうずうずしているオルとロスを抱きしめながら、ルビの背中からおりる。


『まあ……平気、なはずだ。あまりに目に余る行動をとった場合は、我がどうにかする』

「えっと、うん。その時にはよろしく」


 ルビのフォローは、まったくフォローになっていなかった。有声の不安は膨らんだが、帰るわけにはいかなかったので、どうか普通の人が来ますようにと祈るしかなかった。

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