第36話 その功績と新たな



「俺と同じように、他の世界から来た人が技術を伝えたのか。なるほど」


 有声が少しだけ期待した、世界同士の繋がりは無かった。一方的な召喚以外、関わるすべはない。

 そうルビに説明を受けた有声は、落胆する気持ちを押し隠して何度も頷く。


「そうだよな。俺達が初めてじゃないから、これまでも帰れずに一生を過ごした人が何人もいるのは当たり前か。そういう人達が、知識を伝えたってことだ。だから、馴染みのあるものが何個か存在しているのか」

『残念なことに、お主を召喚した国以外にも愚かな国はたくさんある。勇者、神子、聖女……名前は違えど、全員被害者みたいなものだ。勝手な理由で召喚されて、家に帰してもらえなかったのだからな。それでも、強く生きた者が後世に素晴らしい知識を残していった。全員がいい待遇を受けていなかったのに、その慈悲の心には頭が上がらない』

「たくましく生きていたんだな。凄いよ、俺には出来ない。実際にこうして、知識を伝えることなく隠れているようなものだし……」


 チートと言われる能力もなく、人々の生活を豊かにできるような知識も浮かばない。一般人だったから別に普通のことだが、有声は不甲斐なさに落ち込む。何か持っていれば、ルビだけでなく、人々の助けになれたかもしれないと考えていた。


『お主だって、この世界で生きるためによくやっている』

「慰めてくれてありがとう。でもいいんだ。本当のことなんだから」

『何を言っている。世辞は言わない。これまで来た者とお主は、功績の種類が違う。それだけのことだ』

「功績の種類?」

『ああ』


 ルビはそう言って、有声の膝の上で寝ているオルとロスを鼻で指した。


『親代わりに、そうそうなれるものではない。全員に心を許すわけではないからな。プライドを持っている。そのプライドを崩したのはお主だ。いや、壁を崩したと言える』

「……親代わりになれる存在なんて、他にもたくさんいるよ」

『そうかもしれない。しかしオルとロスが選んだのは、他でもないユーセイそなただ。お主だからこそ、こうして一緒にいる。それを功績とは考えられないか? 勇者や神子にならなければ意味が無いと?』


 有声はすぴすぴと寝息を立てている、オルとロスの頭を撫でた。そうすると、誰が撫でているのか分かったかのように、安心して体の力が抜ける。完全に信頼している姿だった。

 微笑ましい光景に、彼も顔を緩ませる。


「いや。俺にしては、よくやったな。凄いことだ。俺はこの世界に来て、こんなにも素晴らしい存在の親になれたのだから、グダグダ言っている場合じゃないな。しっかりしなきゃ。こんな俺でも、良い親だったと言ってもらえるように」


 ルビは、有声の自己評価の低さが心配だった。平凡だというが、彼の思っている以上に高い能力を持ち合わせている。

 うぬぼれは良くないにしても、もう少し自信を持ってもらいたかった。


『……1つ提案がある』

「提案?」

『お主のような立場の知り合いに心当たりがある。話をしたり、悩みを相談することも出来るだろう。もし会ってみたいと言うのなら……』

「ぜひ、会いたい!」

『……そうか』


 食い気味な答えに、ルビの声が少しだけ低くなった。それは嫉妬だ。自分よりも頼る相手を作ってもらいたくない。提案をしておいて矛盾しているが、有声のためには仕方ないと複雑な感情だった。混ざりあって、拗ねた形になる。


「ルビ、怒ってる? どうした?」


 急にテンションが低くなったので、おかしいと気づいた有声が戸惑いながら聞く。


『なんでもない』

「なんでもないって言う割には、機嫌が悪くなっているよな。俺が何かした? もしかして、簡単に会うとか言ったら駄目な相手だった? それならそうと言ってくれれば」

『いや、我の問題だ。もう少し寛大になるべきだと分かっているだが……まだまだ青いな。……心配するな、平気だ』


 そう言いながら平気とは程遠い顔をしていたが、これ以上は踏み込んでくるなという雰囲気が伝わってきたので、有声も我慢する。聞いてもはぐらかされると、なんとなく察した。

 正直に話してくれればいいのに。気分の上がり下がりのきっかけがよく分からないと、内心でため息を吐く。


「その人とは、いつ、どこで会える? 都合がいいなら、早めに会ってみたいな。どんな人で、これまでどうやって暮らしてきたのか、凄い気になる」

『……本当にそれだけが理由か?』

「え? 何か言った?」

『いや何も。お主の気のせいだ』

「そう? それならいいけど」


 ルビが何を心配しているのか、有声は全く気づいていない。心配していることすらも知らない。

 同じ待遇の人と会って、そちらを選ばれるのではないか、違う人生もあると知ってどこかへ行ってしまうのではないか。そう怖がっているとは、夢にも思っていなかった。

 気取られないように、ルビが上手く隠していたからだ。しかし、表情には出さなかったが、爪を地面に突き立てていたせいで、床に引っかき傷が出来た。有声が気づく前に、そちらも修復されていたから、何があったのか彼は知らない。

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