第34話 内観
「す、ごい。凄いよ! 本当に、これ全部ルビが作ったの?」
『ああ、気に入ったか?』
「もう最高! 特に風呂! 旅館みたい!」
『リョカン?』
「あ、知らないのか。うーんと、高級な宿? こういう広い浴槽に、温泉が湧いているような……」
『温泉を湧かせればいいのか?』
「……待って。ルビが有能すぎて、感情が追いつかない」
家の中は、外観から分かっていたが、全員が暮らしても余裕があるぐらい広かった。
それぞれの部屋、大広間、ダイニング、キッチン、トイレ、その他もろもろ--充実した設備だったが、有声のテンションが最も上がったのは大浴場を見た時だ。
タイル張りで、ルビが入っても有り余るほどの浴槽。落ち着いて湯船につかれない生活が続いた有声にとっては、天国が現れたと拝みそうなほどの喜びを感じさせた。日本人としてお湯につかりたい欲が抑えきれなかった彼は、ルビが簡単に温泉を湧かせたことで喜びがピークに達した。
喜びが突き抜けて、一見落ち着いているように見える。しかし手を合わせ、感激の涙を零していた。
『そ、そんなに嬉しいのか? こんな簡単なことが?』
ルビにとっては造作もないことだった。簡単な魔法で、ルビでなくても出来る。しかし、有声はとても喜んでいる。簡単な魔法だと知らないとしても、その喜び方に気分が良くなった。
「うわあ。いつでも温泉って……贅沢すぎる。ここは天国? 俺、このまま死ぬ?」
『死ぬわけないだろう! ……し、死なないよな?』
『カカ、死んじゃいやー!』
『死んだらだめー!』
「ごめんごめん。ただの言葉の綾だから。そんなに深刻に受け止められると、逆に恥ずかしくなる。オルとロスも気兼ねなく入れるから、みんなで温泉楽しみだな!」
『はいれるー?』
『はいるのー?』
「そう、みんなで。でも、あんまり熱すぎるとのぼせるから、もう少し温度を下げることって出来る?」
『ああ、すぐに出来る』
温泉を知らないオルとロスが溺れないように、有声が抱っこしていた。湯気が出ているのに興味津々で、怖がっていなくて良かったと思いながら、温度を下げてくれとお願いした。そうすれば、簡単に温泉の温度が下げられた。
なんてことなくしているが、有声にとっては凄い力である。
「本当に便利だな、魔法って。というよりも、凄いのはルビか。普通はこんなに簡単に出来ないよな?」
『ま、まあ。我ほど楽には出来ないな』
「感謝しなきゃな。こんなに楽に生活ができているのも、いやそもそもこうして無事に生きていられるのも、全部ルビのおかげなんだよな」
しみじみと呟き、有声はルビに寄り添った。そして、いつもより近い顔を見上げる。
「なんか、こうして近いと……少し照れるな。ずっと一緒にいるのに変な感じ」
『ぐうっ……』
「え、どうした。俺なんかまずいことでも言った?」
ルビにとっても、有声の顔が近い。至近距離で可愛い顔を見せられて、胸を押さえて唸る。苦しそうな声に、何事かと有声は焦った。痛むのかと伸ばした手は、触れる前に止められる。
『だ、大丈夫だ』
ルビは胸の高鳴りの正体を、はっきりと分かっていなかった。これを言語化するならば、萌えである。
本人でさえも戸惑っているのに、事情を知らない有声は病気なのではと心配する。
『トト、いたい?』
『いたいいたい?』
オルやロスまで不安になって収集がつかない。騒ぐ心臓をしずめて、ルビは冷静な表情を作る。
『少し驚いただけだ。どこも悪くない。気にしなくていいから騒ぐな』
「本当に? 魔法を使いすぎて無理してないか?」
城規模の家を内装までしっかり用意して、さらには温泉も湧かせた。軽々と行っていたが、実際は負担がかかっていたのではないかと、有声は自分にも責任を感じた。
『嘘もついてない。無理もしていない。このぐらい朝飯前だ。我をあまり見くびるな』
「あ、そうだよな。ルビって強いのに、心配しすぎるのも良くないか。でも、別に馬鹿にしていたり、見くびっているだけじゃなくて、ルビは家族だから。心配するのは当然だろ?」
ルビのプライドを傷つけてしまったかと、有声は見くびるのと心配の違いを説明した。ルビも本気で怒っていたわけではないが、家族と有声の口から聞けたので、良かったと静かに尾を振った。
有声は気づかなかったが、オルとロスは見えていたので、こっそりと笑いあった。
温泉は後でということで、名残惜しいが大広間に移動した。最後まで、後ろ髪を引かれていたのは有声だった。
どれだけ風呂に執着しているのだと、ルビは無理にでも早く家を作るべきだったと少し後悔した。普段はわがままを言わない有声が、ここまで欲望を見せたのにルビは驚いている。
地位も名誉も金にもほとんど欲を見せないのによく分からない男だと、攻略の難しさにルビは口角をあげた。難しいほど燃え上がるタイプなので、落としがいがあると笑いがこぼれた。
その様子にも気づかなかった有声だったが、寒気を感じて思わず震えた。しかし寒気の理由は分からずじまいだった。
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