第33話 ほぼ城


「え、と……家? これが……?」


 有声は開いた口が塞がらなかった。自分の目を疑う。呆れを通り越して、笑いしか出ないほどだ。


『どうだ? 気に入ったか?』

「気に入ったというか。……はは、随分と立派なのを作ったな」

『そうだろう。これから住む大事な家だからな。腕によりをかけた。もう少し大きくても良かったがな』

「よりをかけちゃったかあ……」


 少し皮肉を混じらせていたが、ルビは気づかず褒め言葉として受け取った。あまりにも嬉しそうに話すので、有声もこれ以上は悪い評価を言えなくなった。


 有声の前には城が建っていた。家ではなく城。そう表現しても、全く大げさではない。立派な外観は、これから自身が住む家でなければ、彼も素直に感心できた。しかし、住むとなったら別だ。

 建物は洋風な城といった様子で、石造りで塔が何個かある。大きさは、50人ぐらいが楽に生活が出来そうなほど広い。もっと小ぢんまりしたものを想像していた有声には、規模が桁違いすぎた。

 今日からここに住むのか、中に入る前から無理なのではと気後れしている。しかしオルやルビまで喜んでいるので、嫌だとは言えなかった。それに、ルビも張り切って用意したのだ。喜びに水を差すことはしたくなくて、好意的に考えてみるようにした。

 ルビもいるから、ある程度の大きさが必要なのは分かっている。これだけ大きければ、オルロスも制限されることなく走り回れる。仕方ないと納得しかけた有声だったが、そこでふと疑問が湧いた。

 いくら大きいとはいえ、それは人としての感覚、ルビは入れないのではないか。中で生活するには小さい。入ろうとすれば建物を壊す。

 城とルビを比較して、有声は首を傾げた。


「えっと、ここに住むの?」


 言外に無理なのではという意味を含ませたが、ルビの伝わった様子は無い。質問の意図を理解していないようだ。


『住めない理由があるのか? まさか気に入らなかったか?』


 そしてどういう思考回路なのか、有声がこの家を嫌がっていると勘違いし、不穏なオーラを漂わせる。どうしてそうなったと、有声は視線をさまよわせた。自分の考えが間違っているのか、心配になって返事が小さくなる。


「いや、俺じゃなくて……ルビが住むには小さいんじゃないかと、そう思ったんだけど……」


 経験上、勘違いは早めに正すべきだと知っていたので、ルビを心配しているのだとしっかり伝える。

 そうすればキョトンとしたルビが、大きな声で笑いだした。地響きが起こっているのではというぐらいの震動に、近くで遊んでいたオルとロスが近寄ってきて、目を輝かせながらモノマネをし始める。


『なんだ、そんなことか。気に入らないのなら破壊しようと思ったが……我の心配をしてくれたのか。確かにこの大きさだと、中に入れないな』


 ツボに入ったようで、しばらく笑いが止まらなかったが、ようやく落ち着く。目尻に涙をためながら、楽しそうに目を細めた。


『大丈夫だ。そこはちゃんと考えている』


 そう言って、そのまま目を閉じると、ぼんやりとした光がルビを包み込む。そしてみるみるうちに、ルビの体が縮んでいった。

 有声が驚いて声も出せないうちに、2メートルほどの大きさで止まった。それでもまだ威圧感はあるが、中には楽に入れる。


「え、ちょっと待って。縮むの?」


 姿かたちは変えられないと聞いていたので、頭が疑問で埋めつくされていた。何に驚いているのか察したルビは、慌てて弁解した。


『ち、縮むとは言っても、ここまでが限界だ。お主はもっと小さくなってほしいのだろう? 余計な期待をさせたくなくて黙っていた。言うべきだったか、すまない』

「まあ、本当なら言っておいてほしかったけど、俺も誤解させるような言い方をしていたみたいだし……そんなに焦らなくていいよ。それに、今知ることができたから良かった。何かあった時に、それが使えるかもしれない」

『怒ってないか?』

「怒るわけないよ。ルビが入れないかという心配も消えたから、中を見たいな。家具とかある?」

『ああ。全て用意しているから、好きに見て回るといい。ここは我々の家なのだからな』


 ルビの魔法で全てが用意されたので、何があるのか知らない。オルとロスも探検をしたくてうずうずしているようだったが、有声と一緒に見て回りたいと我慢していた。そのため、許しが出てテンションが上がる。目をキラキラと輝かせて、有声の元に駆け寄った。


『みにいこう!』

『いっしょいっしょ!』

「わわっ。分かったから、引っ張っちゃ駄目だよ。転ぶ!」

『あははっ』

『ひろーい』

「落ち着いて! 中は逃げないから。ゆっくり見て回っても平気だから。な?」


 服の裾をオルとロスに引っ張られながら、何とか転ばないように気をつけて有声は走った。

 その後ろ姿を見ながら、ルビは聞こえないほど微かに息を吐いた。


『……危ないところだった。気が緩んでいたな。もっと引き締めなくては』


 バランスをとるのに必死だった有声の耳に、その言葉は届かなかった。

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