第31話 混沌とする空気
『ね、お願い。私の番になってくれれば、どんなことでも叶えます。あなたのためなら、なんでもしますから、私と共に生きてください』
ユニコーンは一度言ったおかげで勢いづき、ルビが視界に入っていないのかと思うぐらい、有声しか見えていない。
番になってほしいと言われた有声は、とりあえず角が立たないようにと日本人らしい考えを発揮し、あいまいに微笑む。
強い意思表示が出来ないからこその逃げだったが、彼は1つ忘れていた。ここは日本どころか、彼がこれまで住んでいた世界ではない。うやむやな答えでも察してくれるのは、同じような生活環境だった相手のみだ。
そして、ユニコーンが察してくれるわけがなかった。むしろ有声が微笑んだせいで、好意的に受け止められたと勘違いした。
『私を受け入れてくれるのですね。嬉しいです。あなたのような方なら、きっと家族も喜びます』
「え、ちょっと、待って」
ようやく自身の対応が間違えていたと悟ったが、すでに手遅れだった。完全に話を聞かないモードに入っていて、これからのことを勝手に決めている。ユニコーンの中では、すでに有声は番になっていた。
『それでは、さっそく会いに行きましょう。私の背中に乗っていただければ、す--』
ユニコーンの言葉が、最後まで続くことは無かった。
有声の目の前で、首が吹っ飛んだからだ。
「え」
すぐに、彼の全身にルビの尾が巻き付けられた。そのおかげで血しぶきを浴びることなく、どうなったのかを見ることもなかった。
しかし隠されていたとはいえ、何が起こったのか分からないほど子供ではない。
「る、ルビ、いま」
一瞬のことだったが、有声はルビの仕業だと確信していた。やりかねないと疑った。間違っていたとしたら、とんでもない誤解だが、今回は有声が考えていた通りである。
あまりに好き勝手な行動をするユニコーンに、ルビの我慢が限界を迎えたのだ。もう少し大人な対応をして、上手く事を運べる能力があったが、番という言葉でその可能性は消えた。
ここで排除しなくては。ルビの頭を占めていたのは、ただそれだけだった。そして衝動に抗わず、尾を振りユニコーンの首を飛ばした。行動を後悔していない。むしろ、せいせいしていた。
おそらく何が起こったのか、最後までユニコーンは分からずに死んだ。地面に倒れた体は、まだ微かに動いている。しかし、すでに命の灯火は消えていた。ただの肉塊。
ルビは有声に見せたくなくて、尾を動かそうとはしなかった。大人しくしているオルとロスの視界にも入らないように、絶妙な角度で向いていた。
「ど、どうして、こんなことを……」
鉄の臭い。有声は色々な感情を、吐き気を抑えて尋ねる。疑いをかけたが、それでも理由があると信じていた。ただ、感情のままに殺したのではないと。
『調子に乗りすぎた。ただそれだけのこと』
「でも……」
『目的の品は手に入った。もう忘れろ』
「そうじゃなくてっ」
話の通じないルビに、さらに言葉を重ねようとした。しかしその前に、呪文が聞こえて有声の意識は一気に落ちる。
倒れる前に受け止めたルビが、強制的に眠らせる魔法を使ったのだ。
『トト、カカだいじょうぶ?』
『カカ、どうしたの?』
『カカ、おこってたよ?』
『トト、わるいことしたの?』
眠る有声の体は、器用に背中にのせられた。そうすると、今まで静かにしていたオルとロスが、次々と質問をする。ルビはそれを邪険にせず、静かに答えた。
『ユーセイは平気だ。今は少し眠っているだけ。後で起きる。怒っていたのは、まあすぐに機嫌を直す。我は当然のことをしたまで』
『そっか』
『それならしょうがないね』
『ああ。ユーセイが起きたら、たくさん話しかけてやれ。色々あったから、疲れているだろうからな』
『はーい』
『わかった!』
ルビの言葉に、オルとロスは元気よく返事をした。有声が怒っていたのは分かっていた。しかしその理由が分からなかった。
それが種族の差であるのを、ルビは知っていたが、あえて考えを訂正しない。オルとロスを味方につけていた方が、有声が機嫌を直しやすいと計算した結果だ。
飛ばしたユニコーンの首から、ルビは手際よく角だけ抜いた。うつろな瞳が、責めるような色を浮かべていたが、全く気にすることはなかった。
残った体と頭を置き、簡単に魔法で火をつける。周りにシールドを張ったので、煙や熱で他の生物に気づかれる可能性は無い。
ユニコーンの巣に行って角を削らせてもらう予定だったが、ルビからすると手間が省けた。交渉決裂した場合は、無理やりとるつもりだったので、それが一匹で済み楽に手に入ったのは結果オーライだった。有声に知られないようにどう処理するかが課題だったから、ルビにとって一匹ぐらいは許容範囲に過ぎない。
燃えさかる火の中、黒焦げになっていくユニコーン。それを温度のない目で見つめながら、ルビはボソリと呟いた。
『……我の番に手を出そうとした報いだ。死んで詫びる以外ない』
その言葉は、誰にも聞こえることはなかった。もちろん、意識を失っている有声にも。
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