第30話 ルビの怒り


『何をしているか、聞いている。早く答えろ』


 ルビは怒りに震えていた。しかし頭はどこか冷静で、有声が悪いわけではないのも分かっていた。そうとはいえ、到底許せるものではなかった。

 自分以外に、有声が触れている。それが我慢ならない。視界に入った時は、目の前が真っ赤に染まったぐらいだった。


 ルビはここに来るまで、後悔の念に苛まれていた。どうして有声を、みすみす崖から落としてしまったのか。どうして落ちる前に助け出せなかったのか。そもそも、何故落ちるようなはめになってしまったのか。風が吹いても、何が起ころうとも有声を最優先に守るべきだった。

 本当なら、そのまま有声の後を追って飛びたかった。しかし、場所がそれを許さなかった。有声には伝えていなかったが、その場所ではルビは飛ぶことが出来なかったのだ。古くからのまじないがかかっていて、どんな生物であれど飛行に制限がかかる。ルビも例外ではなかった。

 それを有声に伝えなかったのは、ただ単にプライドが邪魔をしたせいだった。完璧だと思われたい。ガッカリされたくない。

 そんなつまらないプライドのせいで、有声を助け出せなかった。きちんと初めから説明していれば、落ちないように彼も気をつけていたのに、説明をしなかったルビの落ち度だった。

 有声の気配を辿りながら、必死に走った。その気迫に、オルとロスも騒ぐことなく背中にしがみついていた。

 有声がいないせいで泣きたい気持ちを、オルとロスは我慢した。泣いたところで、有声は帰ってこない。それなら泣くよりも、探すための行動をするべきだ。幼いながらも、そう考えていた。

 その場にとどまらなかった有声を見つけ出すのに、随分と苦労した。どこからか霧が出たせいもあった。

 ルビだけであれば危険も承知で無理をしたが、オルとロスの存在を考えて慎重に進むしかなかったのだ。有声を見つけられたとしても、みんなが無事でなければ悲しませてしまう。どうして危険なことをしたのだと、怒るかもしれない。それを避けるため、ルビははやる気持ちを抑えながら、安全かつ出来る限りの速さで移動した。

 とにかく顔が見たい。無事を確認したい。それだけしか頭になかった。

 そしてようやく有声が見つかったのだが、彼は1人ではなかった。目的であるユニコーンがいたのは、時間短縮と考えればまだ許せた。傍にいるのも、有声が傷ついていないのであれば目をつむった。

 しかしその体に触れているのは、撫でているのは、ありえないと怒りが湧き出た。一瞬でユニコーンを引き裂きたい衝動に駆られたが、有声がいる手前我慢した。

 そして、どういうことなのかと問いかけたのだった。


 オルとロスは邪魔をしてはいけないと、ルビの背中で大人しくしている。有声の姿が見えて飛びつきくても、今はそういう状況ではないと我慢した。しかし、ピルピルと体を震わせている。寂しさから有声に視線を送ったが、残念ながら届いていない。


「えっと、ルビ違うんだ。何が違うって、えっと、とにかく違くて」


 突然の出来事に、有声は混乱した。何か言わなければと焦るあまり、意味のなさない言いわけにしか聞こえなかった。

 ルビも不貞を否定しているように受け取れて、違うと分かっていても気分は良くなかった。それでも吠えそうになる感情を抑え、有声が自分の元に帰ってくるのを待った。

 有声も、ユニコーンを撫でるのを止めて、ルビのところに行こうとした。オルやロスのことも心配だった。泣いているのではないか、そう想像しただけで胸が痛んだ。


「え」


 その場から移動しようとした有声だったが、何かに引っ張られて前に進めなかった。木の枝にでも引っかかったかと、そちらを見ると犯人のユニコーンが首を傾げていた。不思議そうな表情を浮かべているが、有声の服の裾を咥えて、進むのを阻止している。


「あの、離していただけますか?」


 早くルビのところに行かなければ、機嫌がどんどん悪くなってしまう。離してほしいと優しく言ったが、ユニコーンは動かない。むしろ、自身に寄せるようにしている。

 面白くないのはルビだ。いい度胸をしていると、いっそ尊敬する。許しはしないが。


『小童が、さっさと離せ。それとも、存在を抹消されたいのか?』


 怒りは全てユニコーンに向かった。それは凄まじく、普通であれば気絶しても不思議ではない。しかし、ユニコーンは耐えた。それどころか、どこか余裕さえ見せる。


『行かないでください。私は離れたくありません』


 ルビを無視して、有声にだけ話しかける。肝のすわり具合は、怖いもの知らずなのではと思うぐらいだ。それか死にたがりなのかと。

 いくら自分に向けられていないとはいえ、伝わってくる怒気に、有声は白目を剥きかけていた。


「えーっと、あのー」

『どうか、私の番になってくれませんか?』

「へっ!?」


 何とか離してもらおうとしたが、その前に爆弾を落とされた。もうルビの顔を見られず、現実逃避をしたが、それで解決する問題でもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る