第29話 ユニコーンとは
それは、紛うことなきユニコーンであった。初めは白馬に見間違えそうだが、すぐに額にある先端が鋭く尖った角に気がつく。突進されれば大怪我するのは間違いなしで、実際に角によって命を落とした者はゼロではなかった。
神々しくもあり、気高くもある、そのプライドの高さが外見から滲み出ている。つぶらに見える瞳だが、決して可愛い性格はしていない。
--動けば、いや息をしているだけで死ぬ。
有声はユニコーンを目の前にして、本能的な恐怖を感じた。本当はすぐにでも逃げたかったが、簡単に追いつかれるのは目に見えていた。相手に背中を向けるのは悪手。後ろから刺されれば、ひとたまりもない。
しかし膠着状態の中で、諦めてもらえると期待するのは楽観的だ。お互いに見つめあったまま動かず、しばらく経った。
今のところ、ユニコーンは襲いかかってこようとはしていない。ただ有声の顔を見ているだけだ。それは、この状況を見極めているようだった。
いつ襲いかかってくるか分からない。かなりストレスのある状況だった。それならアクションを起こしてほしい。しかし、有声自身は動けない。気力がどんどん削られていた。じっとしているのも限界がある。
「……縄張りに入っているとしたら謝ります。すみません」
ユニコーンの耳が、ピクっと震えた。怒り出すかと有声は構えたが、まだ何か行動を起こしたりはしない。
話が出来る理性的な生物かもしれないと、ゆっくりと穏やかに言葉を続けた。
「実は、一緒にいた者とはぐれてしまい、霧のせいで迷っていました。そのため、ここがどこか分かっておらず、結果侵入していたみたいです。仲間と合流でき次第離れますので、どうか探す許可をいただけませんか?」
ユニコーンが幼ければ、有声は身の危険を感じなかった。しかし、どこからどう見ても立派な成獣。
ルビ達がいない中、上手く対処しなければ死ぬ。そのため、怒らせないように必死だった。
ユニコーンからの答えはない。それがどういう意味が不明で、有声の不安をあおった。
「あ、あの」
沈黙に耐えきれず、何を話すか思いついていないのに声をかける。しかし、やはり思い浮かばなかったので、口ごもってしまった。
『--私の言葉が分かりますか?』
「は、はい」
ユニコーンの声は、有声には耳馴染みのない不思議な音として入ってきた。鐘を鳴らしているかのような、そんな声。言葉として理解出来るのが、信じられないぐらいだった。
勢いよく頷くと、ユニコーンは目を細めたそして有声との距離を詰める。
後ろに木があり下がれなくなった有声は、間近な顔に気まずくなった。角が刺さらなくて良かったと、現実逃避するぐらいの近さである。
横を向いて気を悪くされたら困るので、動けない。とりあえず別のことを考え、意識を別のところに飛ばす。
見つめ合う状態は、恋人同士でさえ長時間耐えられるものではない。相手のことを知らなければ、拷問と変わりなかった。
無意識に呼吸を止めていた有声の顔は、酸素不足で赤く染っていく。ユニコーンは、その変化を別の意味で捉えた。
『そう、照れなくてもいいですよ。もしかして、ユニコーンに会うのは初めてですか?』
「っはい」
『なるほど。通りで』
勝手に納得するユニコーン。有声の方は、返事をしたせいで酸素を使い切ってしまい、それどころではなくなった。
耐えきれずしゃがみ、大きく口を開けて呼吸する。
「ぷはぁっ! すー、はぁ」
一気に取り込んだ空気のおかげで、ようやく楽になった。有声の意識はそちらにいき、ユニコーンの様子が見えていなかった。
必死に呼吸している有声に対し、愛しげな視線を向けて、その体に擦り寄ろうと頭を下げる。
しかし、刺されると勘違いした有声は思わず避けた。
『……どうして、避けたのですか』
その行動が拒絶だと瞬時に判断したユニコーンは、静かに問いかけた。口調は丁寧だったが、隠しきれない怒りを身にまとっている。ギラギラした目に、有声は怯えながらも何とか言い訳を連ねる。
「えっと、違います。違うってことは無いですけど、あの、えっと、怒らせてしまって刺されると勘違いしたんです。そうじゃなかったんですよね。本当にごめんなさい。傷つけてしまいましたか?」
有声はそっと手を伸ばし、ユニコーンに触れようとした。しかし触れていいものかと、直前で手を止めた。
『どうしました?』
「えっと、撫でても構いませんか?」
『ええ。どうぞ』
触れずにいる手に首を傾げたユニコーンに許可を得ると、すぐに了承した。いつの間にか、ユニコーンの怒りは消えている。
とりあえず目についたたてがみを、整えるように撫でていく。柔らかいというよりは、芯のある毛質。しかしゴワゴワしているわけではなく、指を通せばさらりとした。
「痛くないですか?」
『ええ、とても心地いいです。もっと撫でてください』
「分かりました」
ルビとも、オルやロスとも違う感触に、許可されたのも相まって撫で続けていた有声は、近づく存在に全く気がついていなかった。ユニコーンは気づいていたが、あえて何も言わなかった。
『何をしている?』
そんな声とともに、いきなり現れたのはルビだった。
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