第28話 まさかの事態


「嘘だろ……ルビ。どこにいるんだよ」


 あんな話をして数時間。

 絶対に離れないと言ったはずなのに、有声は現在1人はぐれていた。彼は悪くない。全て、タイミングがまずかったとしか言いようがなかった。ルビに乗って移動している最中、突風が吹いた。

 気を緩めていたので、有声はバランスを崩す。普通であれば、特に問題はなかった。場所が良くなかったのだ。

 有声が倒れた先は崖で、そのまま落ちていくしかない。それでもなんとか、オルとロスだけは守ろうと、必死に動いた。驚いているルビの背中に乗せて、自分だけ落ちていく。


『ユーセイ!』

「ごめん、オルとロスは頼んだ!」


 あっという間のことだったので、それ以上は言葉を重ねられなかった。ルビは悲痛な叫びをあげたが、飛んだらここまで来たのが台無しになると、踏みとどまってしまった。その一瞬の迷いが、命取りとなる。

 --これは、死ぬかも。

 浮遊感に襲われながら、有声には全てがスローモーションのように見えた。焦るルビの表情に、大丈夫だと安心させたくなった。

 微笑みながら落ちていく有声に、ルビは目を見開き再び叫んだ。


 こういった経緯があり、有声はルビ達とはぐれた。随分と高いところから落ちたので、死ぬ覚悟をしていたが、地面はクッションのように柔らかかった。弾むように受け止められた有声は、しばらく自分はすでに死んだのではないかと呆然としていた。しかし、ぼんやりとしている場合ではないと、状況を把握し始める。

 有声が落ちた崖は、やはりかなりの高さがあり、見上げてもルビ達の姿を確認することはできない。木々に邪魔されているせいもあった。


「……動かない方がいいよな。探しに来てもらうためにも」


 遭難したら動かない方がいい。きっとルビが探しに来てくれる。そう結論を出して腰を下ろしたが、待てど暮らせど来る気配がない。

 そのまま下ってくると思っていた有声は、何度も上を見るが誰も現れなかった。どうしたのだろうかと不安になってきて、しかもそれを助長するように霧が出てくる。自分の手さえも、少し遠ざけるだけで形が分からなくなった。


「もしかして……迷ったのかな。それとも、ここまで来られないような何かが起こったとか」


 口に出してしまうと、不安が大きくなった。考えたら駄目だと考えるほど、このまま会えないのではないかと怖くなる。


「合流できるように頑張ろう」


 動かない方がいいと考えていたのにも関わらず、有声は心細さに歩き始めた。


 そして迷子になった。

 足が痛くなるぐらい歩いても、出会うことはない。動いた後悔が胸をよぎったが、それを認めたくなくて、止まれなくなっていた。


「ああ、早く会わないと死ぬ。妖精に連れていかれる。それは絶対に嫌だ。一生おもちゃは辛い」


 1人だからこそ、弱音がどんどん零れる。涙だけは流さないように我慢しているが、決壊するのは時間の問題だった。


「うう……ルビの馬鹿。俺は普通の人間なんだから、守ってくれなきゃ困るって」


 ルビのせいではないと分かっていても、責める言葉が口から出る。

 巻き込みたくなかったが、これでオルとロスがいれば少し違ったのにとも考えてしまった。とにかく癒しがほしい。1人は心細かった。

 霧は未だに晴れない。周囲に気をつけながら、ゆっくりと進んでいく。


「おーい、ルビ、オル、ロス……どこにいるんだ?」


 大きな声を出さないのは、他の何かに気づかれる可能性を考慮に入れているからだ。別のものを呼びたくない、そうなったら対処できないのは分かっていた。

 霧の中、すぐ傍に息を潜めて待ち構えているものがいるのではないかと、そんな恐ろしさが、ずっと有声にまとわりつく。カラフルな景色と霧は、廃れた遊園地のような気味の悪さがあった。

 なんとか意地でもっていた有声の心が、ポキッと折れそうになる。折れれば、簡単には修復出来ない。そんな危機が待ち構えていた中、彼の耳が音を拾った。


「……ルビ?」


 彼の元へ、一直線に向かってくる気配。遠くから近づく足音に、小さく名前を呼んだ。その瞬間スピードが上がったので、有声はルビが来てくれたのだと確信する。


「ルビ、オル、ロス、俺はここにいるよ。早く……早く来て」


 霧の中でも、彼は怖くなくなった。早く来てほしいと、来た時には受け止めるために両手を広げた。大きさを考えれば受け止められるはずもないのに、衝動のままに動いていた。

 うるうると瞳を潤ませていたが、心配させないために笑みを浮かべる。それは安心しきった、幼い子供のような笑い方だった。本人は自覚していなかったが、執着度合いが加速している証拠だ。


「ルビ」


 あと少し。音だけでなく、気配も感じ取れるようになった。迷うことなく向かってくる存在は、有声を望んでいた。彼こそが自分が待っていた唯一だと、そう考えて走った。

 腕を広げていた有声の目の前に、ようやく現れたのはルビではなかった。それに直前まで気がつくことが出来なかったのは、有声の精神が追い詰められていたのと、濃い霧のせいだ。


「う、そ」


 勘違いに気づいた有声は後ずさりしたが、すぐに距離を詰められる。

 そこにいたのは、1匹のユニコーンだった。

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