第26話 次の旅立ち


「オル、ロス。おいで」

『なに?』

『なーに?』


 有声が名を呼ぶと、オルとロスは元気に返事をした。


『安易ではあるが、いい名だ』

「一言多いんだよ。ただ褒めるだけでいいのに、どうしてそんなこと言うのかな」


 近くで見ていたルビは、輪に入れてもらえなかった嫉妬もあって、余計な一言をこぼす。有声に睨まれても、どこ吹く風だった。


『ぼく、この名前すき! オル!』

『ぼくもすき! ロス!』


 有声から見て、左がオルで右がロス。オルトロスからとったので、ルビの言う通り安易な名付けであった。有声も自覚があったからこそ、ルビの言葉が刺さる。しかし、オルもロスも好きだと言ってくれて、有声は嬉しくなった。


「そうだよな。こんな文句しか言わないルビは放っておいて、木の実を一緒にとりにいこう」

『お、おい。我を置いていくな』


 有声は嫌がらせも含めて、オルとロスを連れてルビを置いていこうとする。夕飯の材料をとりに行くためだ。慌てて追ったルビは、すっかり言いなり状態になっていた。



「……って、のんびりしている場合じゃないよ。次の目的地に行く前なのに休みすぎ。こんなにのんびりしていたら、集める前に死ぬって。無理をするのは良くないとしても、さすがに休憩の時間が長すぎる。これは由々しき問題だって」


 予期せぬ出会いなどがあったせいで、すっかり後回しになっていたことを、落ち着いたのだから再開するべき。そう考えた有声は、ルビにまず相談した。


『そうだな。少し予定が狂ったが、焦らなくてもいい。このぐらいの狂いなら、すぐに挽回できる。我がいれば、達成する前に死ぬことはない。それともなんだ。人が恋しくなったか?』


 言葉通り焦っていないルビは、恋しいのかという質問をしながら殺気を膨らませた。


「そんな話をしていないのに、どうして不穏な方向に持っていくのかな。確かに目的は街に入ることだけど、恋しく感じるほどは寂しくないよ。こんな騒ぎの中で、寂しく感じる暇ある? ないよね」


 有声は殺気に怯むことなく、無意識にルビにとって必要な言葉をかけた。ルビはすぐに機嫌を良くし、心做しか胸を張った。


『まあ、我がいて恋しく感じるわけがないか。この生活が満ち足りているってことだ。それならいい』

「かなり上から目線。でもルビの言う通り、なんだかんだいってこの生活に不便はないなあ。今までここまで自然! って場所に住んだことが無かったから、生き残れるか不安だったけど、ルビのおかげでサバイバルよりキャンプって感じ。欲を言うなら、拠点というか家があれば……いや、さすがに望みすぎだよな。風呂とトイレを用意してもらえるだけで、ありがたいと思わなきゃ」


 ルビの魔法は万能で、ほとんどのことを叶えられた。姿を変えられないのが、有声には不思議なぐらいだった。


『拠点、家か』

「本気にとらえなくて大丈夫だから。それに、これから『エルフの涙』みたいなものを探しに行くのに、家があっても困るだろ。今は必要ない。必要なものを集め終えた後、街に入れるようになったら、その時にまた考えよう」


 いつかはであって、今ではない。このままだと用意しそうな勢いに、有声は必死にルビを止める。彼が恐れていた通り、ルビは家に興味を持っていた。そして用意出来る力があった。脳内で間取りまで考えていたが、有声が止めたおかげで、なんとか実行する前に止まった。


『分かった。お主がそう言うのなら、今のところは我慢しておく』


 諦めてくれたルビに、有声はほっと胸を撫で下ろす。これで家を用意されたら、気絶してしまうかもしれない。


「それで、次の目的地は近いの? それとも時間がかかる? それなら、オルとロスはどうしようか」


 エルフの村とは違って長旅になるのであれば、まだ小さいのに連れ回すのは良くない。そう考えての言葉だったが、こっそり聞いていたオルとロスは黙っていられなかった。


『カカ、おいてくの?』

『おいてかないで。行かないで。いっしょがいい』

「あー、ごめん。そんな泣かないで。俺が悪かったから」


 涙ながらに飛んできたので、受け止めながらまずいことを言ったと気づく。話が聞こえないぐらいの距離だと思っていたが、有声とは聴覚の鋭さが違った。それに耳を澄ませていたので、聞くのは簡単だった。


『置いていくのは良くない。どんなに遠くても、一緒に連れていかなければ暴れ回って、ここら一帯は焼け野原になるだろうな』

「や、焼け野原って大げさな」

『本当に大げさだと思うか? お主から離れることが、一番の恐怖のはずだ。その恐怖を経験しているからこそ、次にそれが怒れば狂う。そんなところを見たくないだろう』


 ルビの声色から冗談では無いと察した有声は、離れたくないとしがみつく存在への責任が、自分にかかっているのだと実感する。


「そうだな、俺が悪かった。ちゃんと分かってなかったな。俺達は家族なんだから、離れるのは駄目だ。こんな簡単なことも間違えるなんて」

『おいてかない?』

『すてられない?』

「捨てないよ。みんなずっと一緒、約束」

『やくそく』

『やくそくする』

『……そこには我も含まれているのだろうな』


 ぼそっと零したルビに、有声は見上げて笑った。


「当たり前だろ。みんなで家族だ」

『ふん……それならいい』


 ルビは頭を下げて、みんなを包み込むようにした。

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