第25話 懐柔


 本人は否定するかもしれないが、ルビはもうオルトロスに心を許していた。トトという呼び名を変えさせず、プレゼントされた花に防護魔法をかけて、永遠に枯れないようにした。刹那的な美しさよりも、宝物として残すことを選んだ。そして、知識を披露するとキラキラした目になるのを見るために、たくさんのことを教えるようになった。

 オルトロスも面白いぐらいに吸収するので、マニアックなことまで教え出す。しかし有声には、どれが必要なものなのか知らないから、オルトロスは余計な知識まで蓄えていく結果となった。


『ユーセイとトトはつがいなの?』

『ふーふ?』


 その言葉に、有声は口に含んでいた水を吹き出した。


「けほっ、な、何をっ」


 咳をしながら、一体何を言い出したのかとオルトロスを見れば、純粋な表情をしていた。からかいが含まれていないせいで、馬鹿なことは言うなと一刀両断できない。

 期待している。有声の答えを。どんな答えか予想して、有声は顔を真っ赤に染めた。


「どうして、そんな考えになったの。俺は男だし、そもそも種族から違うんだから番にはなれないんだよ」

『えー、なんでー』

『ユーセイとトト、仲良しだよ?』

「仲良しだからって、番とは限らない。俺とルビは、えーっと……そう、友達みたいなものだよ」


 あたふたとしながら否定するが、オルトロスは納得しない。それでも番だと認識されるのはまずい気がして、有声は何度も否定した。


『でも……かぞくがいい』

『かぞく、ほしい』


 しかし、その言葉にノックアウトされた。番ではないが、擬似家族になるのもいいか。どうせ、他に知る人もいない。それで、オルトロスが喜んでくれるのならばと、有声は諦めた。


「分かったよ。俺達は家族。それでいい?」

『うん!』

『かぞく!』

「ただし、ルビには番とかそういうのを言ったら駄目だよ」


『我がなんだ?』

「げ」


 擬似家族になったとしても、番という部分は否定しておかなくては。ルビに知られたら大変だと、オルトロスに釘を刺そうとしていたところで、当のルビが帰ってきてしまった。今まで、食料を調達しに行っていたのだが、有声にとってはタイミングが悪かった。


「い、いや。何でもないよ」

『みんなかぞく!』

『ユーセイとトト、つがい!』

「あっ、こら」


 何とかごまかそうとしたのに、オルトロスが遠慮なく言ってしまう。口を塞ぐにも、すでに手遅れだった。


『家族、番』

「えっと、違くて。家族が欲しいって言うから、ノリでそういうことになったというか。で、でも番は違うって、話をしていたんだ」


 否定していたという事実をはっきりさせる。自分発信で始まったと勘違いされたくないから必死だった。

 ルビはその態度にムッとしたが、有声は視野が狭くなっていたせいで気づかない。そんなに嫌なのかと複雑な思いを抱いていたルビは、悪い考えが閃いた。


『……良いではないか』

「え?」

『家族。面白い、我は大歓迎だ』

「えっと、冗談」


 すぐにからかわれていると分かっても、ルビにまで良いと言われたら、体中を一気に熱が巡る。


「も、もう。からかうなよ。そういうの良くないから」


 本気で嫌がっていないのは、簡単にみてとれた。強い拒絶ではないことに、ルビは言葉では表せぬ高揚を覚えた。


『ユーセイ、顔まっか!』

『ユーセイちがうよ』

『あ、そっか。カカだね』

『トトとカカ!』

「か、カカ?」


 楽しそうに駆け回るオルトロスに、前回のルビみたいに有声は翻弄される。困っているのを分かっていて、あえてルビは加勢した。


『そうか。トトとカカ。いい呼び名だ。そういうことなら、我は止めない』

「……俺は、切実に止めてほしい」

『諦めろ。お主も、ここで水をさして悲しませるのは本意では無いだろう?』


 オルトロスを盾にされたら、有声はもう何も言えなくなる。僅かばかりの抵抗で、ルビにジト目を向けたが、特に効果はなかった。


『ああ、そうだ』

「今度は何?」

『家族というのなら、そろそろ名をつけるべきではないか?』

「名前?」

『まだ、呼び名に困っているだろう。それならつけるべきだ』


 ルビにそう言われて、初めて有声はオルトロスをきちんと呼んでなかったのを自覚した。しかし名前をつけるという考えに、思い至らなかった。それが普通だと、疑問にすら思っていなかった。


「でも、俺が名前をつけて……いいのかな?」


 ルビの名前をつけておいてなんだが、あまり気が乗らなかった。中々つけようとしない有声に、オルトロスがしょんぼりと悲しそうな雰囲気を漂わせる。本気で悲しんでいるのではなく、有声に罪悪感を抱かせるためだ。

 そして思惑通り、有声はぐっと胸を押さえて悶える。


『なまえ、だめ?』

『なまえ、つけてほしい』

「う。えーっと……」

『ユーセイ、もう諦めた方がいい。名前をつけるまで騒がしいままだ。それなら、早く考えてやれ。……おそらく、それぞれにな』

「そ、それぞれ?」


 ルビが言っているのが、オルトロスの名前を2つつけろという意味だと分かり、さらに難易度が上がったと絶望に似た感情になる。

 しかし期待の眼差しを向けられ、渋々名前を考え始めた。

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