第24話 子供心
毒というのがどういうものか、自分達が安易な気持ちでやったことが、どれだけ有声の身を危険にさらしたのか、ようやく理解したオルトロスは泣いた。
有声がいくらなだめても泣き止まず、むしろどんどん声が大きくなっていく。大丈夫だと言っても、聞こえていないようだった。
自分のせいで有声が危なかった。そのことにショックを受けるのは仕方ないとしても、泣き止まない。
有声は抱っこしながら、助けを求める視線をルビに送った。このままではいつまで経っても進まないと、ルビは有声の腕からオルトロスを取り上げた。地面に場所を移されても泣き続ける姿に、ため息を吐く。
『顔を上げろ』
涙を流しながら、オルトロスは言うことを聞いた。視線がこちらを向いたのを確認すると、ルビは近くに手を伸ばした。そして何かを摘む。
『この2つを、よく見比べて何が分かる?』
摘んだものを、オルトロスの前に置き尋ねた。それは2つの花だった。こんな事態になった原因の花。
プルプルと震えそうになったが、ルビが何かを伝えようとしているのは、子供ながらに分かった。涙でにじむ視界の中で、2つの花をよく見る。
『お、なじ』
『……わかん、ない』
必死に見ても、オルトロスには同じものとして映った。べしょりと顔を歪ませて、分からないと答える。
怒られる。丸くなったしっぽが、足の間に入り込んだ。
『確かに、この2つはとてもよく似ている。間違えられやすいが、もっと近くで見ろ。花の中心、花粉がある部分だ』
そう言われ、食い入るように中心を見る。そして見つけた瞬間、勢いよく顔を上げた。
『ちがう!』
『色が!』
『ああ、そうだ。よく見ると、中心の色が違う。黒と紺。とても微妙な差だ』
真っ赤な花の中心は、よく観察しないと分からないぐらいの色の差があった。光の加減によっては、黒と紺は同じに見える。その違いを、ルビは丁寧に教えた。
『どちらも、我々にとって害はない。お前が渡そうとしていたのは、こちらの黒い方だった。先ほども言ったが、人には良くない成分が含まれている。しかし紺の方は、害はなく甘い匂いがするから、香りを楽しむことが出来る。渡すなら紺を選べ。分かったか?』
『うん!』
『分かったよ!』
教えを真剣に聞いたオルトロスは、そのまま花のある方へ走った。その目に、もう涙は無い。
「……ルビ、ありがとう」
先ほどまでオルトロスのいた場所に、今度は有声が立った。そしてルビにお礼を言う。
『我は、特別何もしていない。勘違いしたままでは、後々面倒なことになるから、そうなる前に対処しておいただけだ』
「そうだとしても、俺じゃ出来ないことだった。泣き止ませられずに、ただ焦っていた。……親を亡くしたあの子を引き取ろうなんて、やっぱり無謀なことだったのかな。俺では、保護者になる資格がないのかな」
世界の事情を、赤子と同じぐらい知らない。危ないことを教えられないのは、保護者にとして痛手だった。
完全に自信を無くしている有声に、何か声をかけようとルビが口を開いたところで、またオルトロスによって言葉にならずに消えた。
『ユーセイ!』
『これ!』
中心が紺色なのを必死に探したのだろう、その体は草まみれになっていた。しかしそれよりも、花を受け取るのが先だと手を差し出す。そしてそれを耳元に飾った。
「どう?」
『にあう!』
『かわいい!』
つけるのに羞恥心は無かった。照れることなく感想を求める。そうすれば、オルトロスがその場をぴょんぴょんと跳ねながら、全身を使って褒める。
『……うむ、似合っている』
ルビさえも小さな声で褒めたので、有声の顔は照れて緩んだ。
「ありがとう、とても嬉しい」
体についた草をとりつつ、お礼を言う。
「あれ? もう1つある?」
オルトロスが持ってきた花は、1輪だけではなかった。はしゃいでいる時に落としていたのを、有声が見つける。
『あっ』
『そうだった』
すっかり忘れていたオルトロスは、花を見て思い出す。
『あげる!』
『どうぞ!』
そう言って差し出した先には、ルビがいた。
『……我に?』
差し出されたルビも困惑していて、間違いではないかと確認する。
『うん!』
『ルビに!』
しかし間違いでは無いと分かり、少し固まった。ふざけるなと怒るのではないか。黙ったのは嵐の前触れだと、構えていた有声は驚く。
『ふん、我に贈り物をするとは。面白い』
受け取ったルビが、自身のツノの辺りに花を飾ったからだ。態度は大きいが、嬉しさを隠しきれていない。
『ルビもにあう!』
『かっこいい!』
『褒め言葉は受け取るが、我のことはルビ様と呼べ。本来ならば、名を呼ぶのさえも許さないが、贈り物に免じて目をつむってやる』
『ルビさ?』
『るびしゃ?』
『ルビ様だと言って……もう良い。呼びやすいようにしろ』
『『はーい、とと!』』
『と、とと?』
完全に、ルビが手のひら上で転がされている。自分を恐れることなく普通に話すオルトロスに、強い態度をとれないようだった。
その様子が微笑ましくて、有声は幸せだと感じた。
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