第23話 新たな


「ルビ、怒ってる?」

『怒ってない』

「……絶対怒ってる」


 有声がルビに話しかけても、いつもより返事が素っ気ない。怒っていないと口では言っているが、態度が物語っていた。

 理由に身に覚えがあるので、どうすればいいのかと動けず気まずい。我を通した申し訳なさと、そこまで怒る必要があるのかという理不尽さが、有声の脳内で争っていた。

 ルビが機嫌を悪くさせている理由は、ただ一つ。


『ユーセイ、これみてー!』

『みてみてー!』

「はいはい、何を見つけたの?」


 その原因が、ユーセイの元に突っ込んできた。咥えているものを見せようと、2つの頭が争っている。喧嘩が起こりそうなほどの騒がしさに、有声はどちらの頭も平等に撫でて、いっぺんに見せてもらうことにした。


「凄い。綺麗なお花だね。これを俺に?」

『うん!』

『つけて!』

「え?つ、つけるの?俺が?」

『そう!』

『にあうから!』


 有声は花を手にしながら、困り果てる。渡された花は、花弁の大きい真っ赤で派手な見た目だった。これを、いい年齢の自分がつける姿を想像して、想像だけでうげっと声が出そうになった。

 絶対に似合わない。そう拒否したかったが、期待した目が突き刺さる。無理だと言えば、確実に泣く。それは心が痛むし、なだめるが大変だ。

 それなら、他に誰もいないと自分に言い聞かせて、一時の恥だとつけた方が話は早い。耳にちょっとつけるだけ、数分もすればオルトロスも満足するはず、ためらう必要は無い。

 有声は覚悟を決めて、花を耳にかけようとした。

 しかし風が吹いたと思った瞬間、手から花が消えていた。突風が吹いたわけではない。飛ばされたのだ。ルビの尾が原因だった。

 有声の手にあった花を狙って、尾を一振り。そのせいで飛んだ花は、ぐちゃぐちゃになって落ちていた。


『……あ』

『え』


 オルトロスが呆然と、花を見つめる。衝撃で、まだ感情が追いついていない。有声も驚き固まっていたが、状況を理解するとルビを睨みつけて叫んだ。


「なんてことしたんだ!」


 間違えたのではなく狙った行為に、怒りしか湧いていなかった。困っていたが、こんなことは願っていない。

 同じく状況を理解したオルトロスが、静かに涙をこぼす。その悲痛な泣き方に、有声はルビを許せないと思った。どんな理由だとしても、許される行動ではないと。

 有声の怒りを静かに受け止めたルビは、オルトロスの方を見た。


『これを、どこからとってきた。案内しろ』

「今は、そんなことしている場合じゃ」

『話はそれからだ』


 話をそらしているのかと思って、有声は割り込もうとしたが、ルビのはっきりとした言葉にストップをかけられた。

 終わってから、また怒ればいい。そう考え、ルビが何をするのか見定める。

 ぐすぐすと泣くオルトロスは、すぐに動こうとはしなかった。しかし、ルビが引かないのを悟り、涙目で歩き始めた。有声も後に続く。


『……ここ』


 少し歩いたところで、オルトロスが止まった。片方が話す元気もないぐらい、憔悴しきっている。案内された場所には、確かにプレゼントしようとした花が数輪咲いていた。

 有声は綺麗だと思いながら、台無しにしたルビへの怒りを再確認する。


『この花を、よく見てみろ』


 静かな声で、ルビはオルトロスに話しかけた。俯いていたが、その言葉に花に視線を向ける。


『これは……毒を持っている』

「えっ」


 思わず有声が驚きの声を上げた。そうなってくると、話はまた違ってくる。


「毒って、どういうこと? この花が?」


 まだ分かっていないオルトロスに代わって、ルビに質問をする。小さく頷いたルビは、説明を続けた。


『手で触れるぐらいならば平気だが、粘膜や花粉を吸い込めば危険だ』

「それじゃあ、俺よりもっ」

『影響があるのは人間だけだから、そう心配しなくていい。幼くても、我々は強い』


 有声は、オルトロスが咥えていたのを思い出し、自身よりもそちらの体調を心配しようとしたが、ルビの言葉で胸を撫で下ろした。


「良かったあ……それじゃあ、ルビは気に入らないからわざとやったんじゃなくて、俺を守るためにしたってこと?」

『まあ、そうなるな』

「そうだったのか。それなのに、理由も聞かずに責めてごめん! ちゃんと話を聞けば、ルビが悪くないって分かったはずだよな。そもそも、ルビが意地悪なことをするような性格をしていないって知っていたのに、これじゃあ信じていなかったのと同じだ。……本当にごめん。どんなに謝っても、ルビを疑った事実は消せない」


 安心すると、今度は自分の言動を思い出して反省する。一方的に責めた事実に変わりない。守ってくれた恩人のルビに対して、あんな態度を取ってしまったと、後悔で目を合わせられなくなった。


『よい。我も言葉が足りなかった。怒るのも当然の状況だったから、そう悔やむな』

「……なんで、そんなに優しいんだよ。怒るだろ、普通」


 ルビは怒ることなく、有声にすり寄る。そして言葉をかけようとしたが、その前に大きな泣き声が響き渡り、結局言葉は飲み込まれた。


『うわーん!』

『ごめんなさいー!』

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