第22話 心当たりの場所


『本当に、こっちで合っているんだな?』

『うん!』

『いい感じ!』

『……なんだか騙されている気がする』

「ルビ、そんなこと言わない。ちゃんと案内してくれているよね?」

『してるよ!』

『こっちこっち!』

『……うむ』


 ルビがおかしいと思い始めたのは、出発してから20分ほど経った頃だった。何がおかしいのかと言うと、目的地までの遠さである。

 ルビが初めに行こうとしていたところは、すぐ近くにあるオルトロスの縄張りだった。

 そこに家族がいなかったとしても、何かしらの情報は得られるはず--子供が移動できる距離や、見つけた時の状況を考えて、そう遠くない場所に事情を知っている者がいると推測したからだ。

 しかし現在向かっている場所は、湖から随分と距離がある。本当に、そこで合っているのか。飛ぶにつれて、ますます不信感が増していった。

 それで、遠回しに間違っている可能性がないか圧をかけているのだが、有声がオルトロスの味方になって庇うせいで上手くいかなかった。嘘をついていると決まったわけではないから、それ以上は強く出られない。

 ため息を吐いたルビは、早く解放されたいとスピードをあげた。


「えーっと、ここは?」

『……だから言っただろう。聞かなかったのはお主だ』


 オルトロスが案内した場所に着くと、さすがの有声も顔を引きつらせた。その反応に、ルビが皮肉を言う。


『わー!』

『すごーい!』


 視線の先では、オルトロスが楽しそうに駆け回っている。楽しいのはいいことだが、今は遊んでいる場合では無い。


「ここって」

『そうだな……祖の木だ』

「そのき?」

『この世界で、初めての植物だと言われている』

「確かに、凄い大きい」


 着いた場所には、ルビも小さく見えるぐらいに大きな木があった。木の幹も、とてつもなく太い。何千人が手を繋いでも、一周出来ないほどだった。それに比例して高さもある。首が痛くなるぐらい見上げても、先が分からない。確かに祖という言葉が似合う、立派な佇まいであった。


「一応聞くけど、ここってオルトロスと関係は……」

『我の知る限りでは無い』

「……そっか」


 木の周りを走り回るオルトロスを見て、有声は一体どういうことなのか考える。ここに連れてきた理由を読み取ろうとするが、世界に詳しくないから無理だった。

 ルビなら分かるかと見れば、首を横に振った。どうやら分からないらしい。


「……本人に、直接聞くしかないか」


 楽しそうにしているところ悪いが、意味の無い場所に来て時間を食うのは、ルビの機嫌を考慮に入れるとまずい話だった。からかわれているのだとすれば、早めに注意する必要もある。

 そういうわけで、有声はオルトロスを呼んだ。ちょいちょいと手を振ると、走り回っていた勢いのままに駆け寄ってくる。


『どしたのー?』

『ユーセイ!』

「うわっ、とと」


 胸に飛び込んできたのを受け止めて、有声は体勢を崩しかけた。それをルビが支える。


「ありがとう。えっと、ちょっと聞いてもいいかな」

『うん、いいよ』

『なに?』

「俺達は、君の家族を探しているつもりだけど、どうしてここに案内したのか教えてくれる?」


 尋ねた瞬間、オルトロスはびくりと体を震わせて、視線をそらした。その様子は、後ろめたさがあると言っているのと同じだった。

 これはきちんと話す必要があるなと、有声は落ち着けそうな場所を探して座る。良くない気配を感じているのか、すでにオルトロスはしっぽを下げてプルプルと震えていた。

 ルビは有声に全てを任せると、近くに座って見守る体勢に入った。


「俺達を迷わせるのが目的? 誰かに頼まれた?」


 首が横に振られる。


「ここに来たのは、君の意志?」


 今度は縦に振られる。


「ここに家族はいる? 仲間でもいい」


 横に振る。


「どうして、ここに来ようと思ったの?」


 何も言わずに、首も動かさない。正直に話せば怒られると、オルトロスは口を閉ざした。簡単には白状しなさそうな気配を感じ、有声は長期戦を覚悟した。

 それ以上は質問をせず、ただじっとオルトロスを見ていれば、じわりとその瞳が潤み始めた。ひっくひっくと、嗚咽まで零して泣き出す。

 これは深い事情がありそうだ。責めるばかりでは話してくれないと、有声はスイッチを切り替えた。


「ゆっくりでいいから、話してごらん。教えてもらえないと、どう助けていいか分からない。困っているなら、きちんと言ってほしい」


 心の底から心配している。オルトロスにもそれが伝わり、ボロボロと泣きながら本当のことを話し始めた。


『こわいのが、きて』

『おと、さん、しんだ』

『おかあ、さん。しんだ』

『みんな、みんな』

『いなくなっちゃった』

『かくれてって、いったから……ずっと、あなにいた』

『ずっと、かくれてた。でたら、もうなにも……だれも』

『はしって、たくさんはしって……さがしたけど』

『どこにも、いなかった』


 途切れながらではあったが、大体の事情が分かった。家族か群れでいたところを襲われ、オルトロスは隠れていたおかげで無事だったが、話を聞く限りだと他は望みがない。

 天涯孤独の身になり、それでも家族を探してさまよっていた時に有声達と出会った。警戒していた理由が、これではっきりした。

 話を聞いた有声は、オルトロスを抱きしめながらルビを見る。


「あのさ……」

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