第21話 探す旅


「もう、落ち着いた?」


 有声の質問に、オルトロスは首を横に振った。そして胸に体を寄せた。甘える仕草は、有声の心を掴んで離さない。


「……可愛くて、どうしよう。死ぬかも」

『そんな簡単に人は死なない。……そろそろ構いすぎではないか? 赤子ではないのだから、少しぐらい放置しても大丈夫だ』

「冷たいこと言うなって。だって、こんなに可愛いのに放置なんて出来ないよ」


 自分のことは放置してもいいのか。ルビは納得いかないモヤモヤを胸に、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 オルトロスが現れてから、有声の意識がそちらばかりに向いているのが面白くない。彼に知られる前に処理しておくべきだったと、恐ろしい考えが浮かんだぐらいだ。しかし今それをやればバレるのは確実なので、小言だけに留めている。

 それでも、オルトロスを睨む視線は鋭かった。怯えたりすれば、少しぐらい気分も良くなったかもしれないが、有声の見えないところで舌を出している。


『……お人好しにもほどがすぎる。我がいないと、完全に食い物にされるな。ちゃんと守らなくては』


 ルビが頷きながら決意していると、有声が首を傾げる。


「どうした?」

『いや。仲間を探すとすれば、どこに行くべきか考えていた』

「そっか。俺は全然詳しくないから、任せきりにしちゃってごめん」

『構わない。我にとっては、そう難しいことでもないからな』

「そう言ってくれると助かる。ありがとう」

『ふんっ』


 照れてそっぽを向くルビに、面白くないのはオルトロスだった。有声の意識を自分に向けさせるため、べろりと顎の辺りを舐める。


「ふ、はは。どうした? 甘えたくなったのか?」


 くすくすと笑う有声の視線から、ルビは外れる。ムッとしているのに対して、オルトロスはしてやったりと目を細める。


『一刻も早く、そいつを、送り届ける』


 送り届けるとは言っているが、ルビの脳内ではロープでぐるぐる巻きにして放り投げていた。これ以上時間をかければ、有声がさらに心を砕きそうだと、反論が聞こえてくる前に、首元を咥えて器用に背中に乗せた。


『暴れたら落ちるからな。大人しく捕まっていろ』


 一方的に宣言すると、ルビは確認せずに飛び立つ。慌てて有声は、オルトロスが落ちないように片手で支えて、もう片方の手でルビ背中を掴んだ。


「怖がらなくても大丈夫だから。空を飛んだことはある?」

『ない』

『なーい』


 有声の問いかけに、オルトロスは首を横に振った。まだ幼く、種族的にも飛べないので当たり前かと、彼は納得する。オルトロスの体を支えながら、下が見えるように移動した。


「ほら、見てごらん」

『『わー!』』


 絶対に落とさないように気をつけて、景色を眺めさせる。その瞬間、歓声があがった。今は、草原の上を飛んでいる。緑しかなく退屈だと勘違いされそうだが、近くには川も流れているし、動物やモンスターが群れで移動しているのも確認できた。つまり、子供にとっては面白い景色である。


『すごーい!』

『すごいねえ!』

「あ、こら。あんまりはしゃぐと落ちちゃうから。じっとして見るんだよ」

『はーい』

『ごめんなさーい』


 興奮で暴れる前に、有声はきちんと釘を刺す。そうすればオルトロスも、落ちるのは嫌だと素直に言うことを聞く。大人しく腕におさまった姿に、愛おしさを感じながら有声はルビに話しかけた。


「目的地は決まったの? というか、今さらだけど、この子達に家族って存在しているんだよね?」


 オルトロスはケルベロスの兄弟で、個体は1つだけという知識を、有声は思い出していた。今腕の中にいる子も、勝手にオルトロスだと決めつけていたが、そうだとしたら家族という概念がどうなっているのか分からなかった。冥界でケルベロスに会うのだろうか、もしそうだとしたら冥界とはどうやって行くのかと、頭の中が混乱し始める。

 そのことを説明すると、黙って飛んでいたルビは、有声をちらりと見て答えた。


『ああ。ユーセイのいた世界とは違って、同じ特徴を持つ家族から産まれている。草原や山の中に群れで生活しているから、冥界だとかそういう場所に行く必要は無い。問題は、家族を見つけ出せるかだな。警戒心が強くて、群れから離れたら戻るのに一苦労する』

「それって……」


 有声は言葉を続けられなかった。今はオルトロスも起きている。いくら景色を眺めていても、会話は聞こえているはずだ。そんな中で、群れから見放されたのではないかと言えるわけがなかった。親からも捨てられたとなれば、この子はどうなるのだと、有声は唇を噛む。


『ま、たまに事故ではぐれることもあるから、探している可能性の方が多い。我の知っている場所に行って、情報収集してもいいだろう』

「それもそうだな」


 まだそうだと決まったわけではないのだから、最悪の想像をしている場合では無い。きっとこの子を探しているはずだと、有声は気持ちを切り替えた。


『あのね……』

「ん? どうした」


 そこでオルトロスが話しかけてきた。直前に話していた内容が内容だったので、ドキッと心臓が騒いだが、顔には出さなかった。


『どこに行けばいいか知ってるかも』

「本当に?」


 突然の言葉に、有声が興奮気味に尋ねれば、オルトロスはこくりと頷き、その場所を口にした。

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