第20話 増える


 ルビは今まで黙って見守っていたが、同時に様子を窺っていたルビは、彼が何を言いたいのか口にする前から気づく。

 本音を言えば反対だった。危険性を全く理解していないと、説教したかった。

 しかし、そのせいで有声がルビを冷たいと評価しかねない。すでに頭が上がらない関係性になっているから、愛想を尽かされるのはごめんだった。

 期待する眼差しを受けて、ルビの脳内で天秤が左右に揺れていた。肯定か否定か。


「お願い。ルビなら良いって言ってくれると信じてる」


 激しく揺れていたが、有声の一言で傾いた。


『……好きにしろ』

「ありがとう、ルビ!」


 いいように操られているのではないか。そんな疑惑もあったが、微笑んでお礼を言う有声にどうでも良くなった。なんだかんだ言って単純である。


「この子、凄く可愛いよな」

『……ただの毛玉だ』

「もう、そんなこと言うなよな。……寝ちゃった。よっぽど気がたってたんだ。疲れるに決まっているよ」

『ふんっ』


 足の上で、オルトロスはぐっすりと寝ていた。その顔は安心しきって、完全に身を委ねている。あどけない寝顔に、有声は頬を緩めた。ルビも多少は可愛さを感じていたが、絶対に認めようとはしない。


「わがままばかり言ってごめんな。でも、この子を見捨てられなくて。……ひとりぼっちは怖いだろ」


 有声は、自分の状況と重ねていた。どんな理由でも、放っておくことは出来なかった。しばらくの間、面倒を見ようとルビに提案して受け入れてもらえた。内心では嫌がっていると分かっていても無理に押し通したのは、自分と同じ存在を1人にしたくなかったからだ。


『保護者が見つかれば、すぐに引き渡すからな』

「うん、分かってるよ。家族の元に帰すのが1番だ。……家族になるなんて、俺には出来ないから」


 オルトロスを撫で続けたまま、寂しそうに笑う有声に、ルビは何も言わずに尾を巻きつけた。そのさり気ない優しさに触れて、有声は尾に体を預けて目を閉じた。



「改めて自己紹介するね、俺の名前は有声。よろしく」

『べーっ、だ』

『べー』

『お前!』

「ま、まあまあ。落ち着いてルビ。子供のすることだから」

『しかしな!』


 目を覚ましたオルトロスは、泣いた事実が無かったように生意気な態度をとった。名乗った有声に対し舌を出す。それに対して、ルビが怒った。また尾で振り払おうとしたので、勇気が慌てて止めた。


『こいつが生意気な態度をとるのが悪い。まだ自分の立ち位置を分かっていないようだ。もう一度、躾けた方が早い』

「そういう考え方が良くない。全く、どうしてすぐに暴力に発展させようとするのかな。教育上、本当に良くない」

『うわー、怒られてやんの』

『うわー、だっさい』

『……小童共が』

「はいはい、ちょっとストーップ!」


 このままだと喧嘩になりそうな気配に、有声が間に入ってストップをかけた。オルトロスは舌を出したまま有声の背中に逃げ、ルビは機嫌悪く尾で地面をバシバシと叩く。一触即発の雰囲気。有声は、自分の選択が間違っていたのかと後悔しかけた。


「ルビは年長者なんだから、もっと寛大な心を持って。君も、悪戯ばっかりしてると怒らなきゃいけなくなるよ」


 ルビだけでなく、オルトロスに対しても少しだけ怒る。声は優しいので、突き放した言い方では無かった。ルビは甘いと考えたが、オルトロスの受け取り方は違った。

 うるうると瞳に涙をあふれさせて、くぅーんとか弱く鳴いた。可愛子ぶったのもあるが、有声に怒られたくないのが大きかった。


「うわっ、そこまで怒ってないから。やりすぎは駄目だよって言いたかっただけ。ルビも怒ったら怖いよ。強いのだって、もう知ってるよね?」


 甘やかすだけでは良くないと、デレデレしそうなのを抑えて、なんとか大人としての注意を続ける。

 可愛いだけでは誤魔化せないと分かっても、オルトロスは威嚇をしなかった。耳としっぽを垂らして、地面を見つめている。顔を合わせられないのだ。

 どうしたものかと、有声はオルトロスの体を抱き上げた。素直に抱き上げられたが、顔はうつむいたまま。子供の相手は難しい。子供はおろか結婚もしていなかった有声には、手に余る状況だった。しかし、逃げてもいられない。色々な知識を総動員にして、有声はオルトロスを優しく抱える。


「全部駄目とは言わない。でも危ないことばかりして、怪我をしたら心配するよ。ね?」


 背中をポンポンと叩き、ゆったりとした話し方でなだめていく。しかし胸に顔を埋めたまま、震えているだけで何も言わない。どちらの顔も、有声から表情が窺えなかった。


「こういう時は、何を言うべきかちゃんと分かっているよね。君は賢くていい子だから」


 自然にそれぞれの頭にキスをした。オルトロスはふるふると震えていたが、ようやく顔を上げる。潤んだ瞳と目が合い、有声は額にまたキスを落とす。


「いい子いい子」


 その姿は、まるで親のようだった。だからこそ、オルトロスも殻にとじこもることなく素直になった。


『ごめ、なさ……』

『……ごめんなさい』


 それぞれ謝罪の言葉を口にしたオルトロスに、有声はぎゅっと体を抱きしめた。

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