第19話 絆される
「な、なあ。入れてあげるのは……駄目だよな」
『駄目だ』
「でも、凄い鳴いている。可哀想だよ」
シールドの中で、有声はルビに懇願する。しかしルビは、バッサリと切り捨てた。
『先ほどの話を聞いていたのか。甘い顔を見せれば、今度は首を噛みちぎられるぞ』
「大丈夫じゃないかな。だって、悲しそうな目で見ている」
『そうやって騙されたではないか』
「でも……」
シールドの外では、オルトロスがクーンと悲しそうに鳴いていた。あまりに悲しそうな鳴き声に、有声の良心が痛む。
5分ほど前、湖から泳いできたオルトロスは、傷や打ち身などがすっかり癒されていた。キョロキョロと辺りを見回すと、有声とルビの姿がいないことに気づいたのか、地面を嗅ぎ回ってシールド近くまで来た。そして、勘なのかどうなのかシールドに気づいた。
それからカリカリと爪を立てて、中に入れるよう促してきた。入れないと分かると、悲しげに鳴き始める。そして、何分もの時間が経った。
諦めずに鳴くオルトロスに、有声は胸の痛みが増していく。昔から小動物に弱いので、余計にだった。仕事の疲れは、子犬や子猫の動画で癒されていたぐらいである。2つ頭があることに、気持ち悪いなど負の感情は無かった。むしろ撫でる頭が増えて、お得だと思ったぐらいである。
撫でたらどんな感触がするだろう。真っ黒な毛並みは、ふわふわなのかサラサラなのか、そこも気になった。
しかしルビの言うことも一理あるので、無理に出ていこうとはしない。ただ、許可してくれないかと、何度か説得を試みていた。
「一度、話すだけも駄目?」
うるうるとした目を向け、ルビの良心に訴えかける。オルトロスはどうでもいいが、有声のことを無下にはできない。その目を真正面から見てしまい、ルビはぐぅっと、喉の奥から音を出す。
有声からすれば、おっさんの上目遣いなんて気持ち悪いだけだと気づいて、すぐに止めようとした。しかし、何故かルビはまじまじと見つめてくる。その視線のせいで止めることも出来なくなって、やけくそ気味に続けた。
『……話をするだけ、それだけだからな』
「! 約束する!」
『ただし、シールド内からは出るのは駄目だ。こちらの存在を認識し、会話ができるようにするから、この中で話をすること。分かったか?』
「ああ!」
返事だけはいいが、本当に守れるのかと不安になりながらも、ルビはシールドの構成をいじった。空気が変わり、鳴いていたオルトロスの視界に、有声とルビの姿が映った。
その瞬間、悲しげだった表情が豹変する。牙をむきだし威嚇し始めたオルトロスに、ルビの呆れた声が有声に降り注いだ。
『これを見ても、話しをするつもりか?』
シールドが消えていないから攻撃はしてこないが、隙あらばと狙っている。話が出来る状態では無い。これで有声も諦めるだろうと、ルビはシールドの構成を直そうとした。しかし、呪文を唱える寸前で飲み込む。
「驚かせてごめんね。俺は有声。見て分かると思うけど、人間。君は1人なの? お母さんやお父さんは近くにいる?」
有声がオルトロスに視線を近づけるためしゃがみ、優しく話しかけたからだ。人間の子供を相手にしているかのように、怯えた様子もなく慈愛であふれていた。ルビの忠告通りシールドからは出ていないが、ギリギリのところまで近づいている。
オルトロスもまさか優しく接してくるとは思わなかったらしく、威嚇は続けているが困惑もしていた。
そういった周りの反応に気がつくことなく、彼はなおも話し続けた。
「あー、こういうのを聞くのも良くないか。そもそも何歳ぐらいなのかな。小さいと話が通じないってことも……もしかして迷子?」
話している途中で、有声はぎょっと目をむく。オルトロスが、ボロボロと泣いていたからだ。嘘泣きではない様子に、有声はルビを見上げた。
「約束していたけど破る、ごめん! 小さい子が泣いていて、何もしないのは大人失格だから」
説得しても止まらないだろう勢いに、ルビはふぅっと息を吐き、シールドを消した。もちろん、有声の体を対象にかけ直したが。泣いていたとしても、油断ならないと警戒を解いていなかった。
そんな事情は知らない有声は、オルトロスの体を抱き上げる。敵意がないので、何も起こらない。2つの頭どちらからも、大粒の涙がこぼれ落ちる。
涙の理由を、有声は何となく察していた。こんな場所で、周りに親がいる気配がない。正確な年齢は分からなくても幼い。つまり何かしらの経緯があり、親とはぐれてしまった。
1人でいれば他の全てが敵に感じるのは、生き物として当然だ。そこまで頭の中で考えながら、手は優しくオルトロスを撫でていた。頭に触れるのは嫌がるかもしれないと、背中をそっと。声をかけるのも忘れない。
「よしよし、1人は怖いよな。よく頑張った。偉い」
落ち着かせるために、なだめて褒めていく。最初は強ばっていたオルトロスも、段々と体の力を抜く。無意識に、頭を擦り寄せていた。
それに気づいていたが、言って離れると口にはしなかった。愛しさと、多少ごわついているがふわふわの毛並みに癒される。
「よしよし、もう1人じゃないからな。迷子なら、家族を探してあげる。もし違うなら……」
有声は、そこでルビを見た。
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