第14話 交渉


「……ルビ、ちょっと降ろして」

『む? だが、交渉は』

「いいから」


 有声はルビの背中を軽く叩き、自分を降ろすように伝えた。目的は達成寸前なのに、どうしてなのかと困惑しているルビに対し、有無を言わさない表情をした。そうすれば、渋々降りやすいように地面に伏せる。

 有声は転ばないように気をつけながら、降り立つ。命乞いと同じ交渉中に現れた有声に、何事だとエルフがざわめいた。チクチクと刺さる視線に気づかないふりをし、長に向けて頭を下げる。


「申しわけありませんでした」


 彼が謝罪をした途端、ざわめきが大きくなった。負の感情ではなく、単純に驚いている。長でさえも大きく口を開けたまま、有声を凝視した。

 謝ったのがそんなに信じられないのかと、思っていた反応と違った有声は戸惑ってしまう。

 しかしその理由を尋ねる前に、ルビが彼を隠すように一歩前に出た。


『お主が謝罪する必要は無い』


 余計なことを言うなと、エルフ達に眼光だけで伝えていた。言ったら命は無い。言葉にされなくても、しっかりと有声以外の全員に伝わった。勢いよく、頭を上下に振り口を閉じたのを確認して、ルビは視線を有声に戻す。

 そして怒りを見た。


『ゆ、ユーセイ?』


 何故怒っているのか心当たりがなく、困惑して名前を呼ぶ。しかし、それに対する返答はなかった。


「ルビは黙ってて」


 言ったのが有声で無ければ、誰に命令しているのだとルビは怒っただろう。言うことを聞くはずもなかった。

 有声が言ったのであれば、話は違ってくる。何を言っても聞き入れてもらえない雰囲気を察して、エルフ達と同じく口を閉ざすしかない。

 ただの人間--それもかなり弱そうな男に、簡単に服従するドラゴン。ざわめきはしなかったが、エルフ達は有声が何者なのかと盗み見る。しかし見れば見るほど、どこにでもいる普通の男なので、疑問が大きくなるだけだった。

 そんな視線にさらされているのに気づかず、有声はルビを冷たく見すえる。そして反論しないのを確認してから、長に意識を戻した。特に圧は無かったが、長は反射的に体を震わせる。


「お待たせしてしまい、申しわけありません。それで、どうして俺達がこの村に来たのかという件なのですが」

『は、はいっ』


 ドラゴンを大人しくさせた、不思議な人間。驚きが上回り、憎しみがどこかに消えていた。不遜な態度をとれば、今はまだうなだれているルビが許さないだろうと、背筋を伸ばして長は返事をする。


「力を抜いてください。見ての通り、俺はただの一般人ですから。……まあ、他の世界から来たっていう違いはありますけど。それは特出する話ではないですね」

『え。別の世界?』

「言っておいてなんですが、その話は置いておきましょう」

『は、はい』


 別世界から来たという、さらなる驚くべき情報を与えられて、驚きを通り越して混乱していた。長は詳しい話を聞きたかったが、有声の笑顔に質問出来なくなった。


「突然尋ねて、驚かせてしまったのは謝罪します。ただ誤解してもらいたくないのは、人間がこれまでどんなことをあなた方にしてきたのかは分かりませんが、俺達は害をなす気はありません。ただ、欲しいものがあって、それが手に入れるために来ました」

『欲しいもの?』

「はい、ただ無理に用意してもらうつもりはありませんので、駄目なら駄目とはっきり断ってください」


 無理はしなくていいという言葉はあったが、長にとっては断りづらい状況に変わりなかった。それを感じ取ったからこそ、有声はできる限り優しくを意識して話を続ける。


「俺もよく分かっていないのですが、『エルフの涙』というものを」

『え、エルフの涙だって!?』

「はい。……やはり、欲しいと望むのは恐れ多いものでしたか……」


 反応を見れば、望む品が簡単に手に入るものでは無いと察する。有声は諦めるしかないのかと、眉を下げた。

 一方、無理だと言おうとした長だったが、有声の後ろにいるルビを見て言葉を引っ込める。拒否すれば殺される。自分の首に、牙を突き立てられている錯覚に陥った。彼は助けを求めるように、周りを見るが誰もが目をそらした。関わりたくないと、そう空気が示している。


『それを……何に使う気ですか』


 結局、1人で対処するしかなく、時間稼ぎのように理由を尋ねた。その問いかけは有声を困らせた。ルビの体を変えるのに必要だと聞いていたが、詳しい説明が出来るはずもない。それを知っているのは、ルビである。

 黙ってと言った手前、助けを求めづらかった。しかし、答えない有声に長が探るような目を向け始めている。


『我と、ここにいるユーセイが使うのだ。それ以上深堀して、後悔したいというなら止めないが』

『わ、分かりました。ただいま、ご用意致します』

「こら、ルビっ。あ、あの、本当に無理しなくていいんで……」


 有声が必死に止めたのにも関わらず、長は踵を返して品物を取りに走っていく。この場から逃げ出せるなら、何でも差し出す。それが理由だった。


「えー」

『向こうから望んでいるのだから、グダグダ言っても仕方あるまい。大人しく受け取れ』


 長を止めようとした伸ばした手は、行き場が無くなった。もうどんなことを言ったところで、相手を止められない。有声は、ルビの言う通りにするしかなかった。

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