第13話 降り立つ
ルビが上手く避けたおかげで、矢に当たることなく村に降り立った。しかし、ピンチを免れたわけではない。
エルフは弓を構えたまま、警戒し続けている。矢が当たらないと分かり、無駄に打つべきではないと止めたが、いつでも発射出来るようにだ。
全く歓迎されていない状態で、ルビの背中から降りられるほど、有声は厚顔無恥ではない。むしろ気配を消して、自分に気づかれないようにしていた。しかしそれは、無駄なあがきだった。
『人間だ! 人間がいるぞ!』
『何だって!? 一体どこに。本当だ、背中に乗っている!』
『子供達を早く家の中に!』
『なんでドラゴンに乗っているんだ! 1人か? それとも他に仲間がいるのか!?』
有声の存在が認識されたことで、エルフはパニックに陥った。ルビが来たよりも、大きな衝撃を受けている。叫びの内容を聞いて、かなり人間との間に禍根があると、有声のこめかみを汗がつたった。
話し合うどころでは無い混乱ぶりに、収拾がつきそうにない。日を改めるべきでは、そもそもいきなり訪れるのは良くなかったのでは。そう有声が後悔していると、エルフ達が急に道をあけた。奥から、誰かがゆっくりと近づいてくる。
それは老年のエルフだった。顔に深いしわが刻まれ、杖をついてはいるが、背筋はまっすぐに伸びて凛々しい。彼が村の長だ。自己紹介される前から、有声もルビも気づいた。
怖がる様子も怒っている様子もなく、静かにルビの目の前まで来ると、小さく頭を下げた。
『この村に、一体何の用で来られたのかな?』
他のエルフとは違い、理性的な話し方に会話ができるのではないかと、期待した有声が口を開こうとした。しかし冷たい視線を向けられ、声を出すことは叶わなかった。表面上は普通だが、その瞳には間違いなく憎悪が含まれていた。それを受けた有声は、話し合いは不可能だと突きつけられたも同然だった。
『どうやってこの場所を知ったかは不明だが、我々は他種族に迷惑をかけることなく、静かに暮らしている。それなのに、何をしに来られたのか、きちんと説明してほしい』
迷惑というところで、視線が有声に集中した。負の感情を向けられ、その大きさに肩を震わせると無意識にルビの体に触れる。歓迎されるとは思っていなかったが、ここまで憎しみを一身に受けるとは考えていなかった。
きっと人間がエルフに対して、何か非道な行為をしたのだろう。そうでもないと、この状態が説明できない。
ルビは知っていた可能性があるので、あえて言わなかったのかと、そちらにも怒りを感じていた。教えてもらっていれば、こんな突発的な訪問を許可しなかった。
ルビは長を見据えたまま、何も言おうとしない。静かな様子は長と似ているが、その瞳には感情がこもっていなかった。
しばらくの間、膠着状態が続く。エルフ達は長の判断に委ねると決めているのか、誰も動こうとはしなかった。有声も、自分が行動したら良くない方向に進むと、大人しくルビが話すのを待っていた。村に来る前までは、交渉は自分がすると自信満々だったが、すっかりその気持ちは萎んでいた。余計なことはしない。呼吸すらも潜めている。
『下賎な者まで連れてきて、あなたには誇りがないのですか? 名だたるドラゴンだとお見受けします。それなのに、一体どうして?』
『黙れ』
『っ』
沈黙に耐えきれなくなった長が、有声を貶す言葉を口にした途端、ルビから一気に怒りが溢れ出した。殺意にも似たそれに、耐えられなかった者は腰を抜かす。長は何とか立っていたが、その表情は強ばっていた。戦いになれば、自分達が不利だと分かっているためだ。
『お前達に貶す資格は無い。まさか、分かっていないとは……エルフも落ちたものだな。愚か者ばかりだ』
ルビが貶しても、反論できない。したくても、これ以上怒らせたら村が壊滅する。全員の頭には、そのことしかなかった。
『し、しかし、いきなり村に侵入してきたのは、そちらではありませんか。我々が何をしたと言うのです? ど、どうか、命だけはお助け下さい。こちらができることは、なんでもしますから』
頭を下げながら言われた内容に、有声はルビが何を狙っていたのか、ようやく気がついた。相手がこう言ってくるのを、ずっと待っていたのだ。
ドラゴンを怒らせず、被害を最小限に抑えるためには、自分達ができることを対価にする可能性は高い。
このまま行けば争うことなく、目的の品を手に入れられる。驚かせはしたが、まだ誰も怪我はしていない。有声が頼んだ通りである。
しかし、有声が納得したかというと、決してそうではなかった。
怪我はしていなくても、心に傷を負っている。特に子供はトラウマになる。そして何もしてくれなかったように見える大人に対して、軽蔑や不信感を抱くかもしれない。
後々、今回の件が響くようなことになれば、その責任は一体誰がとるのか。
エルフは巻き込まれた被害者だ。矢を放ってきたのも、自分達の生活を脅かす侵入者を排除するためだった。
そう考えたら、有声は品物を受け取ってはい終わり、とは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます