第12話 エルフの村
「エルフの涙って、そう簡単に手に入るのか?」
ルビの背中に乗りながら、有声は叫んだ。そうしないと、相手に届かないと思った。それに対しルビは、普通であれば届かないはずの声量で答える。しかし、きちんと届いた。魔法を使ったおかげである。
『……難しいとも言えるし、簡単とも言える。我の持っている情報からすれば、受け取れる確率は半々といったところだな』
「半々かあ……」
『心配するな。時が経つにつれ、エルフも少しは態度を軟化させているだろう。おそらく上手くいく』
あまりに心配している有声に、ルビは大丈夫だと軽く答えた。自信が伝わってきて、有声も体の力を抜いた。しかし、ルビにしがみつくのは止めなかった。
「エルフの村かあ……どんなところだろう。行くのが楽しみ」
森の中にある、隠された村。
エルフしかいないというのも、有声は楽しみだった。老若男女もあるのだろうか。想像するのが楽しい。
くすくすと笑っていると、ルビが飛びながら有声の方をちらりと見た。
『あまり、たぶらかしてくれるなよ』
「たぶらかすって、俺は別にそんなことはしないけど」
『無意識の方が尚悪い』
「何言ってるか分からない。それよりも前を見てくれ。怖い」
『分かった』
ルビはため息を吐くと、言われた通りに前を向いた。物凄いスピードで飛び、雲と同じ高さなので、空をじっと見ていない限りは姿を確認できない。気づかれる可能性を少しでも減らすためだった。
「後、どれぐらいでつきそう?」
大声を出さなくても通じると分かり、今度はいつも通りの声量で質問した。村の場所はルビしか知らないので、現在どの辺りまで来ているのか有声は知らない。
『そうだな、このままのペースで行けば……5分ほどでつくだろう』
「そんなにすぐにつくの? まだ心の準備も出来てないのに」
予想よりも早くつくと言われ、有声は慌てる。エルフの村についたら、どういうふうに交渉をするのか全く考えていなかった。害がないこと、友好的に接すること、頭では理解していても実践できるかは別だ。
有声は、コミュニケーション能力が高いわけではない。社会人としての最低限の礼儀は持っているが、それがエルフに通用するか自信が無かった。
「行ったら、侵入者扱いされて矢を放たれたりはしないよな……」
こちらがいくら友好的に接しようとしても、初めに誤解されてしまえば、それを変えるのは難しい。一気に憂鬱になったが、ルビのスピードは緩まない。
『悩んでも無駄だ。行ったら分かるだろう。……ほら、ついたぞ』
ルビが視線で示す方向には、確かに村があった。森の中にぽっかりと穴が空いているみたいで、空からでなければ辿り着くのも困難な場所だった。
「思っていたより、随分と大きいな」
かなり上空から見ても、その村の規模が大きいと分かった。
『エルフの村で、1番大きい。人数は3桁はいるはずだ』
「村というより街に近いな。交渉するのにはどうだろう。長がいれば、その人と話をするべきだよな。いきなり行って、会わせてもらえるか?」
村に行く前から、ブツブツと考え込む有声に、ルビは呆れるような視線を向けた。
『正面突破すれば、自ずと出てくるはずだ』
「え、ちょ」
そして、相談することなく村に向かって急降下を始める。有声は静止しようとしたが、飛ばされるのではないかという方が勝って、ただしがみつくことしか出来なかった。
突然空から近づいてきたドラゴンの姿は、すぐに発見される。気づいたものが周囲に知らせ、家の中にいた者が外に出てきた。みんな空を見て、ドラゴンを視界に入れると、驚き固まる。彼らの中で、ドラゴンを実際に見た者は数えるほどしかいなかった。さらにルビは巨大である。
村が襲われる。そう思考が行き着くのも、当然のことだった。惚けていたエルフ達は、慌てて武器を手に取る。そして矢をルビに向けた。
一方エルフ達にはまだ気づかれていない有声は、狙われている矢の数に血の気が引く。老若男女問わず、ほとんど全員が弓を構えていた。まだほんの幼い子供でさえも、睨みながら矢を向けていた。
「友好的に行こうって言っただろ! 完全に狙われてる! あんなの当たったら死ぬ! どうするんだよ!」
風を全身に受けながら、有声はルビに対して必死に叫んだ。大声を出さずとも伝わると知っているが、今は叫ばないとやっていられなかった。
完全にピンチである。何百もの矢が放たれれば、待っているのは死だ。矢で死ななくても、落ちれば死ぬ。特に有声は、ただの人だ。簡単に死ぬ。
それをルビも分かっているはずなのに、全く焦っている様子はなかった。むしろ余裕だ。
『まあ、そう慌てるな。我にも考えがある。こうして全員を外に出せば、どれが長なのか見つけやすい。そうすれば探す手間が省けるから、時間を有効に使える』
「それで、死んだら元も子も無いんだよ!」
『なに、避ければいいだけのこと』
「そういうのは、俺がいない時にやってくれ!」
いい案とは言えないルビの考えに、有声は死を覚悟して白目をむいた。
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