第11話 必要なもの


『これから、エルフの村に向かう』


 起きて食事などの身支度を済ますと、ルビがそう宣言した。


「エルフの村? そこが、昨日の話と関係しているってことだよな?」

『そうだ』


 説明不足の部分を補い、有声はエルフの村の想像を膨らませる。ドラゴンも、前の世界で情報と知っていた姿と同じだったので、きっとエルフもそうに違いない。

 美しく長い髪、尖った耳、整った顔立ち--戦う時は弓矢を使うのかと、そんな期待も出てきた。


「でも、エルフは他の種族とは関わらないように、自分達のコミュニティで生活しているんじゃないのか?」

『よく知っているな』

「やっぱりそうなんだ。ファンタジー系の物語やゲームも好きだったから。でもまさか、そこまで同じだなんて。偶然にしては凄いよな」


 そこで有声の中に、ひらめきかけるものがあった。とても重要なもの。しかしそれが形作る前に、ルビが話しかけてきたので、ひらめきはどこか遠くへ行ってしまった。


『エルフは他種族、特に人間を毛嫌いしている。だから人間には入り込めない、森の奥深くに村を構えているのだ。詳しい場所を知る者は、ほぼいない』

「それじゃあ、村の場所を探すのに時間がかかるから難しいって言ったの?」

『違う』

「え、でも場所を知っている者はいないって」

『ああ、ほぼな』

「! それって」


 胸を張るルビは、どうだといったばかりの表情を浮かべた。


『我は場所を知っている』

「凄いな! さすがルビ!」

『うむ。もっと褒めたたえてもいいぞ』


 態度のせいで半減されたが、これは信じられないレベルで凄い話だった。

 エルフと多少の交流をする種族はいる。エルフだけでは作れない品を、エルフでしか作れない品と物々交換するためだ。しかし彼等でさえ、取引は指定された場所で行うので、村の正確なところは知らなかった。村の場所を知っているのは、エルフ以外にはいないはずだった。

 しかし凄さのレベルを過小評価している有声は、わざと大げさに褒めたたえた。本当のことを知れば、こんな軽口は叩けない。

 ルビは誤解に気づいていたが、あえて訂正しなかった。他の相手であれば、自分の凄さを知らしめるために言っただろう。有声には今までの気安さで、接してもらいたかった。


「でも、それなら難しいことって。エルフとの取引き? そもそも村に行って、何をするつもりなんだ?」


 村の何があれば、ルビの姿を変えられるのか。それを有声は教えてもらっていなかった。しかしわざわざ関わりを拒絶しているところへ行くのだから、そこにしかない貴重なものだと予想を立てる。


『そうだな。大人しく渡すなら、こちらも何もせずに帰るつもりだ。だが、抵抗するようならば』

「そ、そういうのは最終手段……いや、やらないようにしようか」


 ルビの言い方から、不穏な気配を察知して、言葉にする前に待ったをかける。自分のわがままのせいで、大虐殺が起こったら目も当てられない。


『しかし、相手に舐められるわけには』

「もし拒否されたら、まずは俺にどうにかさせてくれ。武力行使は良くない。それで争いになるなら、俺は行くのを止める」


 背に腹は変えられない。ここではっきり言っておかなければ、止められない気がした。


『……分かった。交渉は任せるが、万が一向こうがお主に傷一つでもつけるようなことがあれば、その時は何を言おうと我は止まらないからな』

「そうならないように気をつけるよ。だから絶対に、最初から悪い態度は取らないようにしてくれ。約束だ」

『……仕方ない』


 ふうっと息を吐いたルビは、有声の首元に擦り寄った。そしてマーキングをするように、体をグリグリと押し付ける。


「わっ、ちょ、何だよ?」

『我の匂いをつけている。そうでもしないと、お主がフラフラとどこかに行ってしまいそうだからな。危なっかしくて見てられん』

「俺は子供か。……まあ、気が済むまで好きにすればいいよ。心配ならさ」

『……そういうところだぞ。止めなければ、止まらない。いいのか?』

「だって、本当に俺が嫌なことは、絶対にしないだろ」


 それは信頼の言葉だった。出会って時間が経っていないのに、有声はそこまでルビを懐に入れている証拠だった。

 たまらない気持ちになったルビは、誤魔化すように押し付ける力を強めた。それでも有声が倒れないぐらいの加減に留めているのだから、大概である。


「エルフの村には、どうやって行くんだ? それに、結局何をしに行くのかもまだ聞いてない」


 ルビが満足するまでマーキングを終えると、中断していた話が再開した。行くのは良いが、詳しい事情を知っておかないと話し合いも出来ない。最低でも、何を目的に行くのかだけは知る必要があった。


『奥深くにあるから、移動は飛ぶ以外にない』

「え」

『……そんな嫌そうにしなくても、背中に乗せる。これまでは暴れて落ちたら困るから、ああしていただけで、本来は背中の方がいい。高さが怖くても、我にしがみついていれば見なくて済むはずだ』

「俺が苦手だって分かってたんだ。まあ、確かに暴れていたかもしれないけど、背中に乗る方がいいならそうしたかったよ」


 げんなりとしている有声は、背中に乗るのも怖さを感じた。しかし、それ以外に方法がないと言うなら我慢するしかない。

 ルビは励ますため、繊細な手つきで背中をさすりながら話を続けた。


『目的の品というのは、エルフの涙だ』

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