第10話 今後の予定
「ルビ! これ、凄く美味い!」
『そうか、それは良かった。なに、焦って食べる必要は無い。全部ユーセイの物だ』
「むぐ、うまっ」
『……聞いてないな』
ルビは呆れながらも、どこか優しい目で有声を見守っていた。
あの後、ルビが連れて行ったのは狩り場だった。人が食べられるモンスターは、何種類かいる。その中で、1番有声が拒絶しなさそうなのを選んだ。
牛に似たモンスターは、攻撃力は高いがルビの敵ではなかった。炎ひと吹きで、美味しい丸焼きが完成し、背中に乗ったまま有声は思わず拍手を送ったぐらいだった。
そして現在、丸焼きの肉で口いっぱいにしている有声を、見守っているルビという状況が出来上がった。
空腹の体には、味付けがされていなくても最高の食事だった。むしろ、肉に味がほのかに付いていて、噛むたびに美味しさが広がる。
焦るなという言葉は耳に入っていたが、手が止まらなかった。それに詰まりそうになると、すかさずルビが近くから汲んできた水を差し出してくれた。至れり尽くせりである。
「ふう、腹いっぱい。こんなに美味しいご飯は、久しぶりだった」
『それは良かった』
「あっ、ごめん。ほとんど俺が食べちゃったよな。ルビも腹が減っているのに、全く気にしてなかった。本当にごめん」
満足すると、周りも見えてくる。自分一人だけが遠慮なく食べて、ルビはまだ口にしていなかった。それは大人としてまずいと、頭を下げる。
『お主が食べているところを見ているのは、とても楽しかった。我の用意したものを食べる。それだけで腹がいっぱいになった気分だ』
「な、なんだよ、それ。と、とにかく、まだ残っているから、早くルビも食べてくれ。って、俺が用意したわけでもないけど」
『くくっ、そんなに慌てるな。勧めてくれたことだし、いただくとしよう』
満腹になったからか、今までどこか流していたルビの甘い対応に、振り回されてしまい顔を赤く染める。それさえも、ルビにとっては機嫌をよくさせる要因となった。
残りを丸呑みするルビを視界に入れながら、頬の熱を下げるために、手で顔を仰いだ。
「あ、のさ。契約のことは分かったけど、これからどうするとか考えているのか?」
食事を終え、襲ってきた眠気に抗いながら、有声は恐る恐る尋ねた。ルビが傍にいないと、悲しみに襲われる。ということは、共に行動する必要がある。
しかし、すっかり忘れていたが、ルビは伝説級のドラゴンだ。国に連れていけば、とんでもない騒ぎになると、有声でも容易に想像できた。つまりルビと一緒にいる限り、平凡な生活は望めない。
「えっと、姿を小さくしたりとか、そういうのって……」
『無理だな』
「そうか。さすがに出来ないか」
姿を変えられれば、街にいる間は目立たないようにしてもらった。国の規模によっては、ルビが歩いただけで壊滅。そんな悲惨な結果になりそうなので、大きさを変えられないのは痛かった。
しかし国の外で待っていてもらうとなると、想像だけで胸が締めつけられる気分になる。そこまで寂しがり屋ではなかったはずなのにおかしい、有声は自分の感情にも関わらず不思議だった。きっと頼れる存在だから依存しているのだと、結論を導き出した。
「そうなると、これから人のいる場所には近づけないってことか」
ルビと一緒にいる限り、まとめて有声も恐怖の対象になる。上手くやれば乗っ取りも簡単に出来そうだが、彼はそんなことをするつもりはない。
関係の深い人がいないとしても、一生関わりを持てない。下手すると、殺される可能性がある。そうならないためには、人目を避けて自給自足の生活をする以外にない。
少し、いやかなり残念に感じていた。
『……手がないわけではない』
あまりの落ち込みように、見かねたルビが案があると教える。
「本当に?」
『……ああ。しかし簡単にはいかない』
「そんなに難しいのか?」
苦虫を噛み潰した顔に、ルビでもためらうのかと自信を無くす。興奮も一気にしぼんで、肩を落とした。
『……そんな顔をするな。まあ時間がかかるとしても、不可能では無い。お主の力を借りる場面もあるが』
「俺は何をすればいい?」
『一度始めてしまえば、もう後戻りは出来ない。どんなに止めたいと言っても無理だ。その覚悟はあるのか?』
覚悟があるのかというと、微妙なところだった。人との関わりを断ちたくないが、困難を乗り越えられる気はしない。そんな弱音が表情に出てしまい、ルビが体を寄せる。
『少し脅かしすぎたな。我がいるから大丈夫だ。ただ、生半可な気持ちで始めたら後悔すると、分かってもらいたかった。そう案ずるな』
「そうか……うん、やるよ。このまま自給自足も出来そうな気はするけど、何かあった時のために選択肢は多い方がいい」
『……そうか』
「それに、ルビと観光もしたいからな」
有声は、まだこの世界を楽しむ暇がなかった。観光など論外だった。
しかしルビがいれば、安心して楽しみながら国を見て回れる。永住の地と決まったのだから、どういった国があるのか知りたかった。
有声からすれば、なんてことのない言葉だった。ルビは大きな衝撃を受けて、それを悟られないように必死に抑える。
『我と、観光?』
その声は、かすかに震えていた。本当にわずかだったので、有声は気が付かなかった。
「うん。さっき食べたモンスターも美味しかったから、他にももっと美味しい食べ物とか、見たことない景色とかがあると思うんだ。ルビだって、丸焼きばかりだったら飽きるだろ? 調味料が手に入れば料理の幅が広がるから、ルビに俺の世界の味を食べさせられるかもしれない。そう考えたら、やる気が湧いてきた」
『楽しみにしている。さあ、詳しい話は明日する。だから、もう寝ろ』
「分かった。それじゃあ、おやすみ」
『……ああ、おやすみ』
ルビは愛しいものを見る目を、有声に向けて笑う。しかしすでに目を閉じていた彼が、それを知ることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます