第9話 繋がり
『何故、泣いている』
瞬間移動をしたぐらいの速さで戻ってきたルビは、すぐに有声の涙に気がついた。ぶわりと体を怒りが包み込み、威嚇するために大きな口を開けた。自分に向けられたものではないと分かっていても、カチカチと歯を鳴らす音に有声は少しだけ恐怖を感じる。
『正直に言え。どこの誰に泣かされた。我がその原因を喰らい尽くしてやろう』
瞳孔を開かせて、話せと詰め寄ってくるルビ。有声の涙はすっかりと引っ込み、その必死な様子が逆におかしくなってきた。
『何故、笑う。泣くほどの目に遭ったのだろう。シールドを張っておいたはずだったが、すり抜けるとは、……よほどの手練か?』
笑う姿に誤解を加速させて、周囲に目配せする。しかし原因を見つけられないため、苛立ちを強める。
このままにしておくと、辺りを焼き尽くしてしまいそうだと、有声はルビの爪に人差し指で触れた。
「いるよ、原因」
『む。どこだ?』
「俺の目の前に」
ピタッと止まったルビは、ようやく自分のせいだと思い至る。
『……まさか、ここまでとは』
「ん? 何か言ったか?」
『いや』
呟きは、有声の耳に入らなかった。聞かせるつもりはなかったので、全く気にしていない。
『我が、もう戻ってこないと思ったか?』
それよりもルビにとっては、大事なことがあった。首を下げ、有声の髪に鼻を突っ込ませながら静かに問いかけた。これで少しでも馬鹿にしたり、あざける様子があれば、有声は意固地になっていただろう。
しかしルビに、その感情は全く無かったので、自然と本音を口にした。
「……思った」
素直に認めた有声に、ルビの中で歓喜の感情が膨れ上がる。先ほどとは違う意味で吠えたい。しかし怖がらせたくはないと、興奮を抑えた。その代わり、砂糖菓子を煮つめたような甘い声を出す。
『寂しくさせてしまったのは、我の落ち度だ。すまない。一緒に連れていきたかったが、休ませるのを優先した。決して置いていったわけではない』
すりすりと鼻先を寄せながら、有声を宥める。傍から見れば、とてつもなく甘い雰囲気が場を充満していたが、今の有声には恥ずかしさなど無かった。それ以上に、ルビの存在が近くにいる安心を噛みしめていた。
「俺も早とちりしてごめん。急に悲しくなって……驚かせたよな?」
『ユーセイが泣くのは心臓に悪いが、その理由が我を思ってならば、気分がいい』
「ふはっ、いじめっ子の考え方だな」
自分が泣かせるならいいと言うルビに、また有声は笑った。まだ精神が安定していないのか、邪気のない子供みたいな笑い方をした。
ケラケラと笑う有声に、ルビは見とれる。
『お主は、不思議だな』
「それ、褒めてる? だとしたら、全くそんなふうに聞こえないんだけど」
『褒めている。ここまで我を乱すのは、ユーセイが初めてだ』
ルビが気まぐれを起こせば、簡単に食べられてしまう距離。しかし有声は、その体をゆっくりと撫でた。
「それは光栄だな。最初に巻き込んだのはそっちなんだから、文句は受けつけない」
『文句は無い』
慣れない手つきでも、ルビにとっては心地よい撫で方だった。有声の隣に体を横たえ、守るように周りを固める。空腹を感じていたが、今はこのゆったりとした時間を楽しんでいたかった。
そうして、いつの間にかどちらも眠りにつき、しばらく目を覚まさなかった。
「……お腹空いたな」
『わ、分かっておる。とりあえず、この実を食べろ。ここにしかない珍しいもので、甘くて美味いはずだ』
目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。ルビのシールド魔法が張られていたおかげで、寒さに震えることにはならなかったが、空腹は別だった。
そもそも眠る前からお腹は空いていたので、そこから時間が経てば度合いが増すのは当然である。
有声は空腹に耐えきれず、歩くのもままならなかった。それに慌てたルビは、甲斐甲斐しく有声の世話を始める。
泣かさぬように背中に乗せ、細心の注意を払って進む。その途中で、人間にも食べられる果物を見つけると、丁寧に1つもぎって渡した。
前の世界での桃に似た果物をかじって、甘さが全身に染み渡るのを感じる。しかし食べ物を中途半端に食べたせいで、飢えが我慢できなくなった。
「うう……俺はもう駄目だ。死ぬ」
全身をルビの背中に預け、弱音をこぼす。そうは言っているが、まだ話が出来るぐらいの余裕があった。しかし、それを本気に受け取る者がいた。
『駄目だ! 諦めるな! お主を絶対に死なせない!』
ぐわっと大きな口を開けて叫ぶと、慎重にではあるが移動速度を上げる。景色が流れるスピードが早くなり、有声は相手が自分の言葉をかなり重く受け止めたと気がつく。
「る、ルビ。今のは言葉の綾というか、大げさに言っただけというか。とにかく俺は大丈夫だから。な?」
『無理はするな。辛いのなら話さなくていい。我がすぐに助けてやるから』
「だから、誤解だって」
有声の言葉はもうルビには届かず、もう絶対に大げさなことは口にするものかと心に決めながら、諦めて目を閉じた。
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