第7話 名付けと


『おい、まだ決まらぬのか』

「名前っていうのは大事なものだから、そう簡単に決められないんだ」

『それにしても遅すぎる。このままでは日が暮れるぞ』

「あー、もう。それなら名前をつけろなんて、無理難題を押し付けないでくれ」


 空中浮遊から回復したが、有声はもう敬語に戻すことは無かった。それはドラゴンの傍若無人なふるまいに対する、一種の仕返しのようなものだった。規模が小さいが、彼にとってはだいぶ思い切った行動だ。

 名前をつけるという経験が無かったせいで、思考が入り乱れ定まらない。ずっと腕を組んで考えること1時間。初めは期待しながら待っていたドラゴンも、さすがに焦れてきた。

 早く決めろと急かすが、逆に言い返される。無理を言った自覚はあるので、それ以上強くは出られなかった。

 しかし放置していれば悩み続けそうな気配を感じ、邪魔にも取れるようなちょっかいをかける。


『お主の世界で格好いい名があれば、それがいい』

「そうは言ってもなあ……」

『我を見て、まっさきに感じたことをそのまま表せばいいのではないか?』


 有声の体を鼻先でつつく行為を気に入ったのか、最初よりはさらに力加減が上手くなったのを片手でいなして、有声は第一印象を思い出す。まっさきに感じたこと。


「でかい」

『む』

「こわい」

『それはいい印象ではない。もっと他にないのか』

「……他に」


 大きさと恐怖以外に何か。いい答えを出さないと、そろそろ本気で拗ねそうなドラゴンに、有声はなんとか絞り出そうとする。


「あ……あった」

『なんだ?』

「光に照らされた鱗が、まるで宝石みたいだと思った」


 パッと思い出した言葉を口にすると、ドラゴンは嬉しそうに鼻を鳴らした。


『宝石か。それはこの世界にもある。だがまあ、いいところを見ているな』


 素直に褒めないドラゴンに苦笑しながら、有声の口から言葉がこぼれ落ちた。自身が制御しないまま。


「ルビ、はどうかな」


 ルビーの宝石みたいに輝く、鱗。それを縮めてルビ。安直だが、口にすると不思議としっくり来た。


『ルビ。まあ、及第点だな』


 やはり素直ではないドラゴンだったが、そのしっぽはゆらゆらと揺れていた。名前を気に入ったようだった。


「俺の世界に存在する、宝石の名前からもじったんだけど、とても綺麗なんだ。だから、よく似合っていると思う」

『……ふん、いいだろう。我の名は、これからルビだ』

「よろしくな、ルビ--っ!?」


 名前として認識しながら、ドラゴンを呼んだ途端、有声とルビの周りを光が包み込んだ。驚く有声とは対象的に、ルビは落ち着き払っている。この状況を、予想していたらしい。

 光から離れようと動こうとするが、それを察知したルビが傷つけないように注意を払って肩を掴み、その場にとどまらせた。


「お、おい。離せって」

『まあ、待て。害があるものではないから、終わるまでじっとしていろ』

「害がないとしても、絶対になんかおかしなことになっているよな。ちゃんと説明しろよ」

『後でな』

「後でって、その時にはもう手遅れなんじゃないか!?」


 どんなに有声が暴れても、ルビは物ともしなかった。そうしている間に、包み込んでいた光が変化していく。赤く、まるで火のような色になり、思わず火傷の心配をしたが熱さは全くなかった。そのまま、光は2つの球体へと形を変えると、1つは有声、もう1つはルビの心臓へと移動し体の中へと消えた。


「ぐぅっ!」


 光が中へと入ると、引き裂かれるような痛みが有声の全身を襲う。胸の辺りを掴んで、痛みを逃がそうとするが無駄なあがきだった。


『体が力をなじませようとしているのだ。痛むだろうが辛抱しろ。そうすれば、いずれ消える』


 そのいずれは、いつなんだ。問い詰めたかったが、痛み耐えることしか出来ず呻き声をあげる。このまま死ぬのではないか。そう思うぐらいの苦しみが、ルビの言っていた通り時間が経過するにつれて和らいでいく。

 息切れに近かった呼吸も、段々とゆっくりとしたものになる。力強く掴んでいたせいで、服の胸辺りにしわが寄っていた。


「くっ……かはっ」


 ゆったりとした呼吸ができるようになっても、完全に痛みが消えたわけではない。痛みの残滓みたいなものがあり、それが消えるまでは動けそうになかった。

 その様子に申し訳なさを感じたルビは、鼻で撫でるように触れた。


『よくぞ耐えたな。大丈夫だったか?』

「こ、れが……大丈夫に、見えるか?」


 満身創痍--そんな言葉が似合うぐらい、有声は指一本動かせないほど疲れ切っていた。少しでも気を抜けば、意識を失いそうなぐらいだ。しかし、その前にどうしても聞かなければならない話があると、気力だけで耐えていた。


「一体、俺に何をしたんだ?」


 自身は原因不明の光に身に覚えがないため、ルビの仕業だと断定した。どこか知っている素振りをしていた時点で、彼の中では有罪が決定していた。

 視線だけを向けて睨むと、ルビは少し後ろめた気に目を横にやる。


『……ちょっとした契約みたいなものだ』


 そして、とても小さな声で答えた。

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