第5話 怒れる伝説


 どうやら有声が落ちてクッションにした衝撃で、寝ているところを起こしてしまったらしい。無理やり目覚めさせたせいで、余計に怒っている。

 決してわざとではない。完全に事故だった。しかし相手には、そんな言い訳は通用しそうにない。耳を塞ぎたくなるほどの咆哮は、未だ止まず威嚇をし続けてくる。

 その声量に、ビリビリと震わされながらも、有声はふと気がついた。

 ドラゴンは吠えてはくるが、そこから爪で引き裂こうとしたり、丸呑みしてはこない。有声はまだ腰を抜かしている。逃げていないから、危害を加えるのは簡単だった。それなのに、今のところ無傷である。

 --もしかして脅しているだけではないのか。そう考えたら、その他の行動にも納得できた。

 怒っているのであれば、普通は問答無用で攻撃されているはずなこと。近づいてこようとはせず、距離を保ったままなこと。動けない有声に焦れた視線を向けていること。怖がらせようとしているが、どこか瞳が寂しげなこと。


「あの……突然ぶつかってごめんなさい。寝ていたところを起こしてしまいましたよね」


 とりあえず謝罪をした瞬間、咆哮がピタリと止んだ。ドラゴンは有声の顔をまじまじと見て、困惑している様子であった。


「でも、わざとではなくて。落とし穴みたいな場所があって、そこから落ちたらこうなっていたんです。すぐに、ここからいなくなりますので安心してください」


 ドラゴンの調査は、ランバール団の仕事だ。素人の有声が手出ししたところで、意味の無い仕事を増やすだけだ。そのため、ドラゴンの気が変わらないうちに退散しようとした。

 ようやく力が入るようになった足で立ち上がり、絶対に背中は見せないと気をつけて、こそこそと出口らしき所へと向かう。


『待て』

「!?」


 しかし、あと少しというところで声に引き止められる。有声は初め、誰の声か分からなかった。他に人がいるのかと、辺りを見回した。洞窟の隅から隅を見ても、そこにはドラゴンと自身の姿しかない。つまり、声をかけてきたのはドラゴンだということになる。

 まさか会話ができるなんて。そう驚いていたところで、スキルについて思い出す。

 スキル『通訳』--人とだけの話だと勝手に決めつけていたが、対象が人だけとは限らない。それが頭から抜け落ちていた。

 この世界であれば当たり前だとしても凄い。恐怖の感情が吹っ飛び、有声は興奮で目を輝かせる。


「凄い。話が分かる!」


 子供のように騒ぎながら、逃げるのも忘れてグイグイ近づく。その勢いに、ドラゴンも怒っている暇がなかった。それよりもまだ、衝撃が抜けきれていないらしい。

 どうして自分よりも驚いているのだろうかと不思議に思いながら、会話をするのが先だと話しかける。


「起こしたのは、本当にごめんなさい。でも、攻撃しようとかそういうつもりはなかったんです。ただ、こうして間近でドラゴンを見てみたくて……あ、こういう野次馬みたいなのも嫌ですよね」


 興奮していても、ドラゴンに迷惑をかけたくはなかった。静かに暮らしたいタイプであれば、話しかけるのも迷惑だろうと一気に冷静になる。


「余計なお節介かもしれないですが、あなたを調査するために人が来ます。今回は調査ですけど、もしかしたら……そのうち害をなそうとする人達が現れるかもしれません。そういうのが煩わしいのであれば、一度ここから離れた方がいいかと……」

『我が人間ごときに遅れをとるとでも?』


 ドラゴンは低く静かな声で問いかける。怒りが込められていれば有声も怯んだが、ただ単純に質問しているだけだったので、人間相手と同じぐらいの態度で返す。


「なんとなくでしか分からないですけど、凄く強いのは知っています。でも、理由もなしに攻撃されるのは違うじゃないですか。争いはできる限り避けたいです」

『甘いな』

「そうですね。綺麗事です。それでも、誰にも傷ついてほしくない」

『そこに、我も含まれているのか?』

「もちろんです」


 ドラゴンはそこで黙った。有声を上から下まで眺め、そして何かを納得し小さく頷く。


『分かった。煩わしいのは嫌いだ。しばし、ここを離れよう』

「話を信じてくれて、ありがとうございます。それでは、お気をつけて。あなたと少しでも話が出来て良かったです」


 有声は忠告を聞いてもらえて、良かったと安心する。ランバール団の人達には、すでにドラゴンはいなくなっていたと説明しよう。いなくなったと分かれば、深追いはしないはずだ。そう考えながら、のんきに見送ろうとした。


『お主も一緒に行くぞ』

「へっ、え? ちょっと、ちょっと待って。ぇええええええ!?」


 しかし油断していたところを、ひょいと首元を咥えられる。そして反対することもさせてもらえずに、ドラゴンは飛び上がった。

 先ほどとは比べ物にならない浮遊感に襲われながら、有声はただただ叫んだ。その叫びはランバール団はおろか誰にも届くことなく、洞窟の上にあいていた穴を抜け、彼は見知らぬ土地を空中旅行する羽目になった。

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